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事業承継

「機能に徹底的にこだわりたい」ヘビーな靴下・ガッツマン
巽繊維工業所 4代目 巽 美奈子 氏

  • 20-30代
  • 卸売小売業
  • 製造業
  • 近畿
  • 女性経営者
  • 後継者
  • 新規ビジネス

この記事は7分で読めます

(聞き手: 安倍宏行 ジャーナリスト ”Japan In-depth”編集長)

巽繊維工業所4代目巽美奈子さん

奈良県は靴下製造のメッカ。以前に同じく奈良の鈴木靴下株式会社の3代目鈴木みどりさんにインタビューをしたが、その足で、同じ地区の有限会社巽繊維工業所さんにも伺った。その4代目の巽美奈子さんは何と鈴木さんの高校の同級生だった。同じ業界で切磋琢磨する2人だが、巽さんは、鈴木さんとはまた違った夢を追っている。商品開発にかける巽さんの情熱を今回紹介する。


大学卒業後、好きなことをやろう、とお菓子の専門商社の門を叩いた巽さん。4年半勤め、3年前に家業に戻った。家業とは全く関係ない業界であったが、巽さんは「いつかは靴下屋に戻ってこよう」と思って人生を歩んでいたという。家業に戻ろうと決心した理由を聞いた。


「実は弊社はOEM生産をずっとやってきたのですが、OEM先から受注がだいぶ減り、売り上げも下がってきてとうとう会社が大変だ、という話を父と母の会話から聞いて。それで、これはもう私が戻って何とかしなくてはいけない時期になったなと。」


そう思った巽さんは、その決断を父と母に、食事の最中こう伝えたという。


「実は戻ってこようと思っているんだ。」


今まで会社に戻るという話は一度もしたことがなかった巽さん。ご両親のリアクションはどうだったのだろうか?


「父親は自分が辛い思いをしていたので、私には同じようにはさせたくないと思っていたみたいでした。実際私が帰ることに対して父はどう思うのかなぁ・・・と考えながら伝えたのですが、母も父も泣きながら喜んでくれて。でも後で聞いたら、『不安と嬉しいのが半分半分やったんや』と(笑)。」

巽繊維工業所4代目巽美奈子さん

両親が泣いている姿を見て、自分が家業を継ぐために今まで頑張ってきた事は間違いじゃなかったのだな、と思ったという巽さん。とはいうものの戻ってから大変だったことはなかったのか?


「私が入社する前は、ワンフロアに100人ぐらい営業担当者がいて、電話もひっきりなしに鳴っていたのですが今はまったく。一人が何種類もの業務をこなさなくてはならない。母も事務しながら検品作業をしたり。社長ですら検品作業に入ったり、いろんな人がいろんな事に携わらなければいけないという状況は、大企業ではなかなかなかったことかなと思います。」

巽繊維工業所4代目巽美奈子さん

大企業から中小企業に入って、そのギャップを痛感した、と巽さん。ここから巽さんの奮闘が始まった。靴下については素人だったことから父・亮滋さんから靴下について一から学び、今では、「ガッツマン」という自衛隊員のためのヘビーデューティーな靴下やペットボトルのカバーなどの商品企画に携わりながら、インターネット販売にも力をいれているという。


同社はかつて自社で製造工程も持っていたが、OEM生産が徐々に減っていくのを見越した父・亮滋さんは、他社に先駆け自社製品の企画・製造に乗り出した。ターゲットユーザーは宅配便や運送業、引っ越し業といった方たち。彼らは一日中歩く。きっと丈夫な靴下が必要なはずだ。今からおよそ10年前のことだという。いち早く自社のサイトを開設しようと試みようともした。進取の気性に富んだ父であった。


「父は異業種の人から色々と吸収してくるみたいで、自社の靴下に何ができるのかと言うことをすごく毎日考えていますね。そこはすごく尊敬しています。」

ガッツマンとは

「ガッツマン」はその名の通り、頑丈なパイルソックス。内側が絨毯くらい分厚い。もともと自衛隊から、100キロ行軍でも足が血まみれにならないような丈夫な靴下を作って欲しいと言われて開発したものだ。抗菌防臭等の機能も加えている。思いのほか、林業に従事している人や、工事現場で作業している人など、いわゆる”ハードワーカー”に好評だという。


そして巽繊維工業所といえば、「5本指」靴下が売りだ。

巽繊維工業所4代目巽美奈子さん

「弊社ではもとから”5本指”をいち早く生産しています。『ここの履いたら他の5本指は履けへん』と言ってくれるお客様も多いんですよ。」


その秘密は?巽さんに聞いてみると、日本人の足はエジプト型と言って親指が1番長い人が多いらしい。しかし、ギリシャ型といって人差し指が長い人が日本にも増えてきていて、どっちのタイプにも窮屈じゃないように編み方を工夫しているのだそうだ。なるほど。

機能の追及

巽繊維工業所は靴下の機能に徹底的にこだわる。”5本指”は、スポーツ用ソックスにも応用されている。ゴルフ用のソックスのキーワードは「踏ん張り」。足の裏の母指球と指球の部分に滑り止めが付いている。アドレスの時、確かに母指球に体重がかかっているが、そこが滑りにくいということは、パワーがクラブに良く伝わってスイングスピードも増すことになる。ゴルファーのニーズをよくわかった上でのこだわりの機能性商品だ。

巽繊維工業所4代目巽美奈子さん

実はこのすべり止めはもともと自衛隊員の格闘術の訓練の時に「滑らないソックスを」という要請があって開発したものだそうだ。こうした商品開発こそ、まさにお客さまの声に応えたもの、と巽さんは言う。


「ゴルフ用の靴下の前に格闘用ソックスでこの滑り止めを展開していたんです。そうしたら、ガッツマンファンの方から『この靴下、実はゴルフで使こうてるねん』と。」


そのお客さまの声がきっかけとなった。まさに商品はユーザーが育てるのだな、としみじみ思った。しかし、必要なのはメーカーがユーザーのニーズをしっかりと商品に反映させることなのだ。今、巽さんはこのゴルフ用ソックスの営業に注力している。


もう一つの商品は、ランニング用ソックスだ。1年前に発売した新商品は元マラソンランナーでお笑いタレントの森脇健児さんと共同で開発したもの。こちらの商品についても、巽さん自ら営業に奔走しているそうだ。

巽繊維工業所4代目巽美奈子さん

「私自身は営業で良さを伝える方が好きなので、まずは”ガッツマン”をできるだけ多くの方に履いてもらえるよう営業していかなければいけないと思っています。その先は、女性の方が必要とするようなソックスを作っていきたいな、と。」

マーケティング

そして今、巽さんが考えているのは商品のブランディング力向上だ。


「もちろんInstagramとかSNSにアップして、こういう存在があるよというのを伝えていくためにデジタルを通じたコミュニケーションは弱めてはダメだなと思っています。でも、やっぱり靴下は履いてもらってなんぼなので、足で稼ぐのは怠ってはいけないなと思っています。自分自身がSNSにアップしなくても、地道な取り組みをしていたら他の方がデジタルで発信してくださるのかなと。」

これから継ぐ人へ

「前の会社で全然違う業界にいたからこそ、固定観念なく靴下のことを一から学べているのではないでしょうか。若いときに前を向いて頑張ったから、今につながってきていると思います。学生のうちにいろんなことを経験して、社会人になっても、“どんな仕事にも意味がある”と思って、がむしゃらに仕事していけばいいんじゃないかな。」

巽繊維工業所4代目巽美奈子さん

「あと学生の時に遊びとか趣味とか広げておいてもよかったのかなと。仕事以外のことが楽しめていたら、もう少し深い人間というか感情豊かな人間になれたのかなと思っています。」


お話を伺って商品について語る姿は、まさに商品名そのものの、“ガッツ”あふれる巽さん、さぞかし新しい機能性商品を続々と開発してくれることだろう。

取材を終えて

靴下の里・奈良を回り、若い経営者たちが未来をしっかり見据えて、商品開発をしている姿に感動した。従来の商品に満足せず、新しい機能を付加して顧客のウォンツを新たに生み出していこう。そんなエネルギーを感じた。いつの時代も、新しい代でイノベーションが起きる。しかし、それは先代の努力があってこそ。親子の絆に今回も胸を打たれて、奈良を後にした。




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