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事業承継

「おいしい、楽しい商品を作って社会に貢献」九州のソウルフードを生み出した創業120年の老舗 竹下製菓株式会社 5代目 竹下真由 氏

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九州出身者のソウルフードとでも言うべきアイスがある。佐賀県でアイスクリームとお菓子の製造・販売を手掛ける「竹下製菓」の看板商品「ブラックモンブラン」。バニラアイスをチョコレートで包み、クッキークランチをまぶしたものだ。 先代である父・敏昭さんから事業を引継ぎ、5代目となったのは一人娘の真由さんだ。先代の思い、現社長の思い、そして今後の展望は――。

竹下製菓

自然に芽生えていった家業への思い

竹下製菓の創業は120年以上前。

代々、竹下家の中で親から子へと家業を受け継いできた。現社長の真由さんは5代目になる。

「一人っ子でしたし、私が継ぐんだ、という意識は小さい頃からありました」という真由さん。当時は自宅の隣に工場があり、学校から帰ってくると、がっしゃんがっしゃんと機械の音が聞こえているような環境。夜には敏昭さんと一緒に懐中電灯を持って、工場の見回りに行くのが日課だった。「ちょっと冒険みたいな感じで楽しみだった」と真由さんは言う。

3代目である祖父からはお菓子づくりを学んだ。 「何か作るといつも祖父のところに持っていって、材料や焼き具合のアドバイスをもらっていました。だから何回も試作してものを作るのが当り前だと思って育ちましたね」

県外の高校・大学への進学を希望していた真由さんだったが、敏昭さんは大反対。将来、佐賀で仕事をしていくことになるのだから、地盤を大切にし、県内の高校に行くべきである、というのが敏昭さんの考えだった。 結果、真由さんは泣く泣く地元の公立高校へ進学することになったが、振り返ってみてそれは「正解だった」と言う。

「今、仕事をするなかで、取引先や銀行など、いたるところに同じ高校の出身者がいます。『何回生ですか?』『だったら 誰々さんもご一緒ですか?』といった話が、よい会話の糸口になっています」

仕事も結婚も。自分の人生は自分で決める

その後、東京の大学へと進んだ真由さんは、そのまま東京で就職した。 日本の中心部である東京は最先端の情報も技術も、優秀な人材も、全てが集まりやすい場所。吸収できるものは大きいと考えたからだ。

東京での就職にあたり、真由さんは自身に2つのミッションを課していた。ひとつは、企業での経験を積むこと。そしてもうひとつは、一緒に働いてくれるパートナーをヘッドハンティングする、ということだった。

「まさか旦那さんを連れて戻ってくるとは思っていなかった。想定外でしたね」と敏昭さんは笑う。

「私はバリバリ仕事がしたいし、できれば子どももほしい。そして一人で会社をやっていくよりも、二人の方がいい。もしくは、佐賀に来てくれるっていう男性ならば、全く違うスキルを持っている人でもいいなと思ったんです。万が一、会社に何かあってもその人の稼ぎで生きていくこともできるので。父の人生ではなく、私の人生ですから、私が探すべきだと思ったんですよね」と真由さん。

こうして、2016年4月、敏昭さんは社長を退き、会長に就任。同時に真由さんが社長に就任した。

「元気なうちにバトンタッチしたいっていうのは言っていましたし、私もその方がいいと思っていました。何らかの理由があってバタバタした中でのバトンタッチって、継ぐ方も周囲もとても大変だと思いますし、取引先からも大丈夫かなって不安に感じられてしまうかもしれません。。並走期間があるっていうのは、非常に幸運だしありがたいことでした」

親から子へと代替わりはしたものの実権は親の方が持ったままで思うようにできないとか、そこで溝ができてしまったといった話も、周囲の中小企業の経営者から聞くことがあるという。

「でも父は一歩引いた立場で意見を言ってくれる。相談すると自分の経験を伝えてくれたり、自分はこう思うとはいうものの、私たちの考えを尊重して『最後は思うようにしんさい』って後押ししてくれるのってすごくありがたいなって思うんですよね」

竹下製菓
写真)設備更新中の工場(*通常は、衛生・安全管理に基づいた衣類を着用)

 

「ブラックモンブラン」を超えるものを作りたい

誕生から50周年を迎えるアイス「ブラックモンブラン」は、真由さんの祖父・3代目の故竹下小太郎さんが開発したものだ。九州エリアでは、絶対的な認知度を誇る商品だが、それ以外の地域ではほとんど流通していないため、知られてこなかった。これは敏昭さんの考えによるところもあった。

「3代目も私も、九州が守備範囲だと思っていましたから。度量が小さいといえばそうなのかもしれませんが、地域のファンをきっちり固め、大切にしていくことが重要だと考えていたんです。特に食は地域性もありますし、例えば北海道で人気の商品が九州で売れるとは限らないし、逆もそうですよね。でも、今後は5代目が、どう展開していくか楽しみにしています」と敏昭さん。

真由さんは、こうした先代の思いを理解し、受け止めながらも「ブラックモンブラン」の販路拡大と知名度向上を目指している。

「東京にいた頃、『東京ってブラックモンブランが売っていないんだよ、知ってた?』というのを九州出身者から本当によく聞いたんです。それが嬉しかった反面、申し訳ない気持ちにもなり、関東エリアでももっと買えるようにしたいと思っています。でも、父の言う通り、地元の方に愛してもらうというのが大事な要素じゃないかなと思うんですよね。全国どこにいても同じものが買えるっていうのも面白みがないなっていうのもありますし。だから、全ての店で販売したいということではなくて、九州以外の場所でも『ここに行けば買えるよ』という販路をつくっていけたらと思っています」と真由さん。

知名度向上のために、積極的にプロモーションも行っている。

「長い歴史のある商品なので、親子三代一緒に食べてもらいたい、という考え方でプロモーションをしています。また、商品を知らない人にも興味を持ってもらうきっかけとして、さまざまなコラボの取り組みも行っています。パッケージをガラッと変えたりすることもあるので、会長からは『ちょっとやり過ぎなんじゃないの!?』と思われているかもしれませんが、会長には報告という形で、私たち主導でやっています(笑)」

「ブラックモンブラン」は竹下製菓の宝であり、ライバルでもある。今後はそれを越えていけるようなものを生み出していきたい、と真由さんは意気込む。

ブラックモンブラン

 

生産者も消費者もワクワクドキドキするものを

これからのチャレンジとして、真由さんは工場のリニューアルも視野に入れている。 「会長がやり残した夢でもあるんですが、市民の皆さんに遊びに来ていただける工場を作りたいと思っています。物ができあがるところってワクワクするじゃないですか。地域の小学校などから、工場見学できないんですかというお問い合わせもいただきますし、いずれは設備などを整え、見て楽しんでもらえる工場を目指したいですね」

これは、先代の敏昭さんが掲げてきた「おいしい、楽しい商品を作って社会に奉仕する」という経営理念とも合致する。

「私たち生産者側も、ワクワク感を持って仕事をしないと、“おいしい、楽しい商品”を作ることはできないと思うんですよね。ワクワクした気持ちになれるものしか作りたくないし、世に出したくない」

子どもの頃、敏昭さんと一緒に工場の見回りをしたときのワクワク感が、真由さんの仕事に対する原風景になっているのかもしれない。

真由さんの挑戦はまだはじまったばかりだ。

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