父が築き守ってきたプロテック 「人のために」の理念を貫きたい プロテック株式会社 代表取締役 小松 麻衣氏
- 40-50代
- 北海道・東北
- 女性経営者
- 後継者
経営者の父親の背中を見て育った女性は多いことでしょう。しかし、跡取りとして親から事業を引き継ぐとなると相当の覚悟と決断が必要になってきます。
今回は、事業承継をして自分の時代に合った会社経営を模索してきた、大阪で会社を経営する女性経営者2人に、これから事業承継をしようと考えている女性が教えを乞いました。
大阪編の第1回目は、事業承継のきっかけのお話です。
平安伸銅工業株式会社 代表取締役
竹内 香予子氏
収納用品メーカー/資本金 4900 万円/従業員数57人
1952 年祖父が創業。1996年父が社長就任。2010年入社し、2015年社長就任。
つっぱり棒博士、整理収納アドバイザー。著書『魔法のつっぱり棒でお部屋が変わる』(別冊エッセ)(扶桑社)
照明事業部(開発・設計・製造・販売)、ダイカスト事業部(金型設計・製造・販売)/
資本金 5000万円/従業員数 52人
1961年創業。1967年株式会社盛光電器製作所として設立。2009年代表取締役社長に就任。
野菜苗生産・販売/資本金非公開/従業員数 15人
1965年創業。大学卒業後、ロンドンの大学院でビジネスを学び、家業を見直す。後継ぎになるべく勉強中。アトツギU34会員。
小野 今日は、事業承継された先輩経営者の方々に、これから後に続かんとする私がいろいろ質問をしながらお話を伺えたらと思っています。まずは自己紹介をさせてください。家業は育苗業で、家庭菜園をするお客さま向けに野菜などの苗を生産、販売しています。私は三代目の一人娘で、高校までは家業が大嫌いで農家から逃げて、ロンドンに留学したりしていました。
草場 家業って、そこから逃げてもなんか戻ってくるんですよね。
竹内 離れれば離れるほど近づいてくるからね。
小野 まさにそうなんです。大学生のときに家業をもつ人だけが受けられる後継者ゼミがあって、その授業がきっかけで「あまり注目されていないからこそ、家業にチャンスがあるのかも」と視点変換できました。そして、日本に戻ってきて、具体的に家業を継ぐ上で考えることが増えてきたんです。そこで、みなさんの事業承継した時の話を教えてください。
竹内 私も平安伸銅工業の三代目で、一貫して暮らしを支える定番品を作ってきました。祖父は、戦後の住宅復興期にアルミサッシを作る事業を興しましたが、景気が悪化し、事業を売却。その後父が、住宅環境を改善する道具として、突っ張り棒を開発し日本の市場に広げました。その父が体調を崩して、会社を手伝ってほしいといわれて、2010年に27歳で入社して、2015年に代表交代しました。
小野 ちょうど今、私27歳です。
竹内 それくらいのころですね。経営状態やどういう知識が必要なのかも知らないまま、ただ父の役に立ちたいという気持ちだけで家業に入ったんです。
小野 草場さんはいかがですか?
草場 照明器具を扱う会社の三代目です。もともと、祖父のときに大手メーカーの店舗照明を製造する工場から始まって、高度成長期のときやったんで、板金から組立まで事業拡大しました。父の時代に金型工場(SCM)をM&A。盛光電器とSCMが合併して、盛光SCMという会社になりました。事業承継するきっかけは、交通事故みたいなもんで(笑)。
竹内 ああ、わかる(笑)。
草場 父の次の社長は弟や、ってみんな認識していたので、私はもともと母からの勧めで、中小企業の社長を裏から支える会計を担当していました。そしたら東日本大震災をきっかけに、照明器具の光源が電球からLEDに変わって、照明業界は急に大きな転機を迎えることになったんです。たった数年で予想を大きく超える減収減益になって、倒産寸前の状態にまで陥ってしまいました。とにかく会社をつぶさないようにしないと!という思いで、私が3年間ピンチヒッターとして社長をやっていましたが、4年目を迎えた頃、次に社長になる意志を持った人が誰もいない状態になってしまって。私自身も社長であり続けることにかなり迷いはあったんですが、結果的に引き受ける覚悟を決めたんです。そこから開き直りの経営に入って、10年目という感じですね。
小野 お父様から事業について何か教わったりしましたか?
草場 私の場合は習ってないですよ。社長業は教わらなくても、なんとかなります。っていうかなんとかしてきた?かな(笑)。だって、教わっちゃうと固定観念入って新しい創造は生まれへんもん。父の活躍した時代は、バーンと大きな先行投資をし続けて、会社を大きくしていった。その勇気は私には多分、ないです。だけど、父はどんどん事業拡大して知名度を上げながら、照明の製造工場としてはそれなりの地位までもっていった。ただ、時代が量から質の時代にきゅっと変わったんで、今思うとバトンタッチのときが来ていたのかなと、そう思ってるんですけどね。
小野 竹内さんはどうでしょうか?
竹内 私たちは、輸入商品を作っている会社なので、為替の影響を大きく受けるんですね。ちょうど東日本大震災直後に円高が進み、輸入商品の値段がどんどん下がっていったんです。だから我々も価格還元をして、お客様に訴求しやすい価格にしていったんですが、これが急激に逆ブレを起こして輸入業者がパタパタと倒れ、値上げの対応が遅れてしまった。そのときに会社のかじ取りをどうしていこうかと考えました。突っ張り棒は、もうコモディティ商品になって価格競争が激しかったのですが、父は、引き続き競争力を高めたいと会社をどんどん縮小して固定費を削り、価格を下げてマーケットシェアを取っていれば、短期的には食いつなげるという考え方だったんです。
草場 あの世代の父親っていうのは、やっぱり強い情熱があるね。もう1回俺が立ち上げるっていう思いがものすごく強い。でも時代が変わってきたところで少し空回りしてるんでは?っていうふうに、見えていたんですけどね。
竹内 同じですよ。このままでは、将来の発展性がないなと私は考えて、オリジナル商品が作れる体制にもう1度、戻したいと思ったんです。父は、新商品への投資イメージが分からないことや、ネット時代に変わっていく中での、販路拡大の方法が見えなかった。そこで父が引退し、私に社長のポジションを譲ることになりました。そのときすでに主人がこの会社に入っていたので、2人で役割分担して、未来の平安伸銅のスタイルを作っていこうとなったんですね。
小野 勉強になります。これから私が家業を継ぐのは、おそらく2~3年後。そこで、お二人が自分の会社に入るまえに、これはやっておけばよかったということは何かありますか?
草場 社長になると、やらなあかんことが増えてくるから、自由時間がなくなる。今のお父様、社長がいてくれるからこそ、時間が作れると思うんです。たとえば、他国で自分が理想とするような農場を先にやられている方のところに、ちょっと行くとか。やっぱり自分の心や感性を磨くっていうのが創造性につながるし、農場目線で見聞を広めるのは、今やからこその特権じゃないかなと思いますね。
小野 たしかにそうですね。父がいるからこそ、行けるので(笑)。
竹内 私はたくさん失敗するっていうのがすごい大事だと思います。失敗の数ほど成功に近づけると思っているので。若いときだからこそ、無茶なことができる。なので、「これ良いかな」って思うことは失敗を恐れず、どんどんチャレンジしていったらいいと思う。会社の1番最後の責任はお父さんが取ってくれんねんから、会社がつぶれない程度の失敗やったらなんぼでもやったらええと思ってて。
草場 それ、お父様からクレーム来ないですか?何いうてくれてんねん、て(笑)。
竹内 やれ!やれ!って。新しいプロジェクトやりまくれー!って。
小野 ある程度、自分で予算を決めて、新規事業をやるのがベストなんじゃないかって思っているところでした。例えば、1千万が半年以内にプラスにならないのであれば、もうやめるという形で期限とお金を決めてやるとか。
草場 今から自分が社長だと思い込む感覚が大事。そして、お父様を銀行やと思う。
――(一同(笑))
草場 社長になったら「これがやりたいねん」って銀行を説得せなあきませんからね。だから、相手が銀行なのかお父様なのかの違いだという感覚で、自分が社長になったつもりでプレゼンすると、周りが「あの人しか社長をやるのは無理だよな」ってなる。そこから肩書がつくほうが、1年目からやりやすいと思う。
小野 いいことを聞きました。今、会社の中でも1歩引いてる感じの立場なんで。
草場 ダメですよ、もうね、竹内さんくらい、やんちゃなお姫やって言われるくらい行かないと。
竹内 そうそう、ご乱心、ご乱心で(笑)。
草場 ホント。暴れるほうがいいですよ。今の時代ね、すっごい厳しいですからね。生き残るかどうかじゃなくて、成長するか廃れるか、どっちかしかない。中途半端はないから。
小野 しかもそのスパンがどんどん短くなっているような気がします。だから社長って新しい事業をどんどん出していかないといけないじゃないですか。そう考えると結構、覚悟要るなと思って。
竹内 要りますよ、それはね。
草場 会社が存続するか成長するかっていうよりも、自分のライフワークが楽しいかどうかなんですよ。1年、1年、ほんまに精一杯やってみたかどうか、やっぱり努力して達成してはじめてやりがいがもてる。だから、そういうチャンスがあるなら、精一杯やらな。ほかのやりたくてもやれないっていう人に申し訳ないですよ。
小野 たしかに、そうですね。
草場 普通に生きてるだけで丸儲け。社長になって、会社やスタッフを守るという責任もあるけれども、そういうポジションに生まれたっていうのは大ラッキーですよ。ねぇ?
竹内 本当にそう思います。
お客さまの声をお聞かせください。
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エヌエヌ生命では、先代の逝去等による突然の事業承継で経営者になった方々を支援する様々な取り組みを行っています。各取り組みは、以下のリンクよりご覧いただけます。