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ろうけつ染めがダッチデザインと出会うとき
京都染元しょうび苑 ×レナ・ウィンターリンク

ろうけつ染め協業デザイナー工房滞在・継続制作レポート

京都染元しょうび苑の上林央佑氏とオランダのテキスタイルデザイナー、レナ・ウィンターリンク氏

京都の中心部から西へ。少し足を延ばせば、苔寺の名で親しまれる西芳寺や鈴虫寺があり、そのまま北へ向かえば嵐山へと続く。観光地のにぎわいを抜けると、京都に暮らす人々の日常の光景がすぐそばにある。上桂の閑静な住宅街の一角に、ろうけつ染めを手がける「京都染元しょうび苑」はある。

住まいと工房が隣り合うこの場所で、上林勝美さんがしょうび苑を創業したのは1963年。

京染め・ろうけつ染めの技術は2代目の上林博之さんのもと、3代目にあたる上林央佑(かんばやし・おうすけ)さんも家業に入り、世界市場を見据えた新たな伝統工芸の価値づくりを進めている。

この日、工房を訪れていたのはオランダのテキスタイルデザイナー、レナ・ウィンターリンクさん。上林さんとレナさんは、MONO MAKERS PROGRAM 2025(以下、MMP)に参加し、協業をスタート。新たなプロダクトとして、ろうけつ染めを用いたブラインドの開発を行った。今回はさらに、新たなプロダクトとして、カーテンの開発に取り組むため、レナさんが工房に約2週間にわたり滞在し、試作を重ねながら可能性を探っていた。

本記事では、工房でのものづくりの現場を追いながら、日本の伝統工芸とオランダ人デザイナーが出会うことで生まれた新たな視点、そして来日を記念して開催されたパネルディスカッションを通して語られた、伝統工芸のこれからの可能性を紹介する。

上林央佑氏とレナ・ウィンターリンク氏が生地を広げて共同制作を行う様子

天平時代に花開いた
防染技法による『ろうけつ染め』

工房の中央には、大きく広げられた一枚の白い布。その布を挟んで向き合うのが、上林さんとレナさんだ。二人は真剣な表情で布に折り目をつけ、一本一本、慎重に線を入れていく。一見すると真っ白な布だが、布の表面には蝋が染み込んでいる。ろうけつ染めでは、この蝋が染料をはじくことで模様を生み出す。今回二人が向き合っているのは、その蝋に線を入れ、新たな表情を生み出すための工程だった。

まずは、上林さんにろうけつ染めについて話を聞いた。
「ろうけつ染めは、6世紀から8世紀頃に中国大陸から日本へ伝わった染色技法と言われています。絞り染め、板締め染めと並び、『天平の三纈(さんけち)』と呼ばれる技法の一つで、正倉院にもその技術を用いた染織品が保存されています」

ろうけつ染めは、もともとは「ろうけち」と呼ばれていた。「ろう」は、蝋燭(ろうそく)などに使われる蝋(ろう)のこと。「けち」は文様を表す言葉で、それが変化して「ろうけつ」と呼ばれるようになったという。

ろうけつ染め生地の表面ディテール
ろうけつ染め工程中の生地のディテール

「当時は蜜蝋を使っていたのですが、その原材料は中国から輸入されていました。遣唐使が廃止されると原材料が入ってこなくなり、絞り染めや板締め染めほど広く普及しなかったと言われ、一度は衰退しました。その技が再興したのが1900年頃。歴史は長いのですが、間が空いているので、柔軟性の高い染め物法だと思います」

ろうけつ染めは、「防染法」と呼ばれる。蝋を染み込ませた部分は染料をはじくため、そこだけが染まらずに残る。つまり、色をつけるのではなく、染まらない部分をつくることで文様を浮かび上がらせる技法だ。

「例えば暖簾であれば、家紋や屋号を白く染め抜くことがあります。その場合は、家紋や文字のまわりに一筆一筆、筆で蝋を置いていきます。蝋を置いた部分だけが染まらないので、染め上がると文様が白く浮かび上がるんです」

しょうび苑では、筆で蝋を置く作業から染色、縫製までを自社で行っている。暖簾などではブランドや店舗ごとに求められる色が異なるため、500色以上の色に対応できる体制を整えているという。

ろうけつ染めで使用する筆
ろうけつ染めで使用する染料と材料

さらに、しょうび苑のろうけつ染めを特徴づけているのが「ひび割れ」だ。
布全体に蝋を染み込ませると、生地はパリパリと硬くなる。その布をあえて折ることで、蝋に細かなひびが入る。染色液に浸すと、その割れ目からだけ染料が入り込み、布の上に繊細な線が現れる。

しょうび苑のろうけつ染めによる模様を施したサンプル生地

「ひび割れたところにだけ色が入り、模様ができる。その模様をいかにコントロールし、最終的なプロダクトに合った表情として出すか。そこに、今回レナさんが取り組んでくれています」

世界に出て、改めて日本のものづくりの良さに気がついた

京都染元しょうび苑の上林央佑氏

ろうけつ染めの歴史や技法を、澱みなく説明する上林さん。さらに印象的だったのは、レナさんとの協業でも、英語でそつなく意思疎通を図りながら、試作を進めていく姿だった。
現在、上林さんは立命館大学に在学しながら、金融を学ぶスクールにも通うダブルスクール生活を送っている。さらに大学を1年間休学し、アメリカのシリコンバレーでスタートアップへの投資業務にも携わった経験を持つ。

「シリコンバレーで働いていたとき、海外の人たちから日本の文化について聞かれる機会がたくさんありました。そこで初めて、日本の伝統工芸や文化が海外では高く評価されていることを実感したんです。そこで家業に入ろうと決意して帰国し、もうすぐ1年です」

伝統技術を受け継ぐだけでなく、海外デザイナーとの協業や新たなプロダクト開発にも積極的に取り組んでいる。

「国内の需要が衰退していく現実を感じるなかで、暖簾やろうけつ染めをどのように海外に持っていくか。海外でどうやって新しい価値を生み出すのかというところを、僕が取り組んでいます。その過程でMMPに応募し、レナさんと出会い、協業させていただくことになりました」

現在、しょうび苑では、従来の暖簾のほかに、アパレル向けの染色加工や壁紙など、ろうけつ染めの新たな用途開発にも取り組んでいる。2代目の博之さんは、国内の名だたるブランドとの仕事の実績を重ね、3代目の央佑さんは海外のラグジュアリーブランドに展開を広げている。2026年の3月には台北ファッションウィーク(AW26)でショーを行ったほか、これまでもベルギーやフランス、ドイツのデザイナーとのプロジェクトを重ねてきた。

「もちろん人にもよりますが、海外のデザイナーは日本の職人への憧れやリスペクトがとても大きいと感じます。そのため、デザイナーと職人が対等に対話しながら、ものづくりができる感覚がありますね」

一方で、海外のデザイナーは、言葉でいくら説明しても、自分で試してみるまでは納得しないことが多いと上林さんは笑う。

「レナさんもそうですが、絶対に自分でやりたがるんです。だから、まずは気の済むまでやってもらう。そうすると、こちらにも新しい発見があったりするんです」

上林央佑氏とレナ・ウィンターリンク氏が共同制作に取り組む様子

本当に、一緒にものづくりできる職人と出会いたい

レナ・ウィンターリンク氏

一方のレナさんは、どのような思いでMMPに参加したのだろう。
オランダを拠点に活動するデザイナー、レナ・ウィンターリンクさん。6年前に自身のスタジオを立ち上げたレナさんは、素材や技法の背景をリサーチしながら、新たなプロダクトを生み出すデザインに取り組んでいる。伝統文化や素材の背景を掘り下げ、その価値を現代の暮らしへどうつないでいくかをテーマとしている。これまでにも、農業廃棄物となるバナナの繊維を活用したプロジェクトや、廃棄されるテキスタイルから新たな製品を生み出すデザインなど、循環型のものづくりにも数多く取り組んできた。そんなレナさんが以前から関心を寄せていたのが、日本の伝統工芸だった。

「日本には、何百年も受け継がれてきた技術が今なお息づいています。オランダでは、経済合理性が重視されるので、ビジネスとして成立しないものは姿を消してしまうことは少なくありません。だからこそ、日本のように気の遠くなるような工程を経て生まれる伝統工芸が、今も受け継がれていることに大きな魅力を感じました」

デザイナーによるろうけつ染めのデザインスケッチ
初めはオンラインでやり取りをしながらイメージを出していく。スケッチは何通りもレナさんがオランダで書き溜めたもの

一方で、日本の職人と出会うことは簡単ではなかったという。

「日本のクラフトマンと一緒に仕事がしたいと思っていました。でも、インターネットで探しても見つかるのは観光向けの体験工房ばかり。本当に一緒にものづくりができる職人にどのように会えば良いのか模索していたところ、オランダ王国大使館からの紹介でMMPのプログラムを知りました」

参加工房の中でしょうび苑に興味を持った理由について、レナさんは「ろうけつ染めという技法を私は知りませんでした。だからこそ興味が湧いたんです。新しい技法を学びながら、その技法そのものを生かした新しいデザインを考えたいと思いました」と話す。
テキスタイルデザインを得意とするレナさんにとって、染色工房はコミュニケーションが取りやすいだろうと感じたのも理由のひとつ。レナさん自身から上林さんへコンタクトを取り、昨年から協業が始まった。

京都染元しょうび苑とレナ・ウィンターリンク氏の協業で制作されたブラインド
第1回目のコラボレーションプロダクトとして生まれたブラインド
協業プロジェクトで制作したブラインドのディテール
ブラインドは開閉機構の製作も必要となるため、他社との協業が欠かせず、コストや製造工程に課題が残った。そのため、しょうび苑だけで完結できるように、新たなカーテンの開発を進めている

ろうけつ染めの表情を、生地に刻む

蝋のついた生地に線を入れる作業を終えると、今度は染色の工程に進む。染色を担うのは、2代目の上林博之さんだ。

上林博之氏と上林央佑氏が制作に取り組む様子

染色に入る前に、水に浸しながら布へしっかりと折り目をつけていく。ここで折り目が甘いと、蝋が割れた部分に染料が入り込まず、狙った線やヒビが現れない。2代目と3代目が共同で一つひとつ丁寧に折り目をつけていく。

染色工程に向けて生地に折り目をつける様子

折り目をつけ終えると、生地を染料のなかへ沈める。時間をかけて染色を行うことで、蝋のひび割れた部分に染料が入り込み、繊細な線が浮き上がっていく。

ろうけつ染めの染色工程
ろうけつ染めの染色工程中の生地

そこへ、工房へ姿を見せたのは創業者の上林勝美さん。普段は三世代が揃うことはあまりないという。黙って作業を見つめる勝美さん、その傍で手を動かす博之さん、祖父の横で工程を見つめる央佑さん。暮らしとともに、自然な営みとして技術が受け継がれていく。伝統文化が、日常のなかで息づいていることを感じる瞬間だった。

上林勝美氏と上林央佑氏が工房で制作工程を見守る様子
上林博之氏がろうけつ染めの工程で生地を広げる様子
上林博之氏がろうけつ染めの工程を行う様子

広げては、また染料へ浸す。その作業を何度も繰り返していく。水の抵抗、生地の重みを感じながら、染料を均一に行き渡らせる作業は決して楽ではない。手仕事でなければ生まれない線が、少しずつ生地の上に現れていく。

染色後の生地を乾燥させる工程

ようやく染料が行き渡った生地は、先ほどの工房の2階部分へ運ばれ、乾燥させ馴染ませられる。2日をかけ、じっくりと布の内部に浸透していくのを待つ。

上林央佑氏とレナ・ウィンターリンク氏

MMP来日特別トーク&パネルディスカッション
日蘭の出会いから続く、新たなものづくり

協業プロジェクトを紹介するプレゼンテーション

この日の最終工程まで見届けた後、上林さんとレナさんは、「MMP来日特別トーク&パネルディスカッション」の会場へ。家業イノベーション・ラボを共催するエヌエヌ生命の保谷友美子によるファシリテーションのもと、過去にMMPに参加した株式会社オオウエの大上陽平さん、株式会社加藤健旗店の加藤剛史さん、小嶋織物株式会社の小嶋恵理香さんも登壇した。上林さん、レナさんとともに、海外デザイナーとの協業から見えてきた伝統工芸の可能性について語り合った。

協業プロジェクトについて語るトークセッション

それぞれが、これまでのオランダ人デザイナーとの協業を紹介しながら、そこから得られた手応えや、今も残る課題を共有した。
上林さんは、デザイナーとの協働によって、自身のものづくりの視点が広がったと語る。

「僕たちはこれまで、ろうけつ染めを使ってどんなデザインをつくるかを考えてきました。でも今回は、先にこういうデザインがあって、それをろうけつ染めならどう表現できるかという発想だった。その視点によって、新しい柄の可能性が広がったんです」

また、小嶋織物の小嶋恵理香さんは、「本当の意味での『協業』ができたことが一番大きかった」と振り返る。
「これまで、デザイナーには依頼するというイメージがありましたが、今回はお互いの技術を尊重しながら対等にものづくりを進めることができました」

イベント参加者が意見を交わす様子

協業プロジェクトで制作されたプロダクト

加藤健旗店の加藤剛史さんは、「良いものをつくること」と「それを届けること」は別の課題だと指摘する。
「いかに優れたデザインがあっても、売ることはまた別です。販売力やPRする力があって初めて、デザイナーの力を最大限に生かすことができる。それが今、ものづくりに携わるメーカーの大きな課題だと思います」

この言葉には、伝統工芸に携わる多くの参加者が共感し、うなずいていた。
最後に、レナさんは日本のものづくりの未来について、こう語った。

「いま、少なくともオランダでは、クラフトへの関心が戻ってきています。多くのデザイナーが、ものをつくるための知識や技術を改めて学び直そうとしています。日本には、他の地域では失われてしまったような技術や文化が今も残っています。だからこそ、日本のものづくりには、これから海外へ広がっていく大きな可能性があると思います」

レナ・ウィンターリンク氏

MMPのプログラムは9ヶ月で一区切りを迎える。しかし、ここで生まれた日本とオランダの架け橋は消えることなく、新たなものづくりへとつながっている。会場には、自分たちの受け継いできたものを新しい形で未来に残そうという、担い手たちの熱意に満ちていた。

mmp-event-group-photo-2026.jpg MMP来日特別トーク&パネルディスカッション参加者