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事業承継

大正期創業の食堂を継ぎ、ITをフル活用した経営で売上を5倍増に
有限会社ゑびや 代表取締役 小田島 春樹 氏

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伊勢神宮の門前で100年以上に渡って続く食堂『ゑびや』。新たに乗り込んだ承継者は既存社員を一新し、新たな仕組みと組織で経営を刷新する。テクノロジー、ICTで生産性を向上させ、さらにはシステムの外販を取り入れ、時流にふさわしい運動体として進む、ゑびや+EBILAB(エビラボ)。その快進撃の裏には、密なコミュニケーション、社員一人一人の資質を見抜いた「職種の転換」があった。有限会社ゑびや 代表取締役の小田島春樹氏に、確固たる信念を持って行なう「伝統企業ならではの変革」を聞く。

有限会社ゑびや 代表取締役 小田島春樹氏(おだじま・はるき)

1985年生まれ。北海道出身。大学を卒業後にソフトバンクに入社。人事、新規事業開発などの業務に携わった後、2012年に妻の実家が営む有限会社ゑびやに入社。最先端のICTを導入し、経営を改善し、店長から専務を経て現職。2018年には株式会社EBILABを設立。飲食店向けのクラウドサービスを開発、販売も手掛けている。

伊勢神宮が持つ市場の力を生かし
勝算を持って地方の食堂を継ぐ

1912年(大正元年)に伊勢神宮のお膝元で創業した『ゑびや』。食堂と土産物屋を営み、1世紀以上にわたってのれんを守り続けてきた老舗だ。小田島春樹氏は大学卒業後に入社したソフトバンクを退社し、妻の家業である『ゑびや』に入社。義父から企業を承継し、現在に至るまで業績を大幅にアップさせている。まずは、2012年の入社の経緯から振り返っていただこう。

「10代の頃から事業の計画を立て、自分でプロジェクトを組んでいくことが好きでした。ソフトバンクでも自分で企画を立てていろいろ取り組んでいましたね。ベンチャーに転職して新たな事業を起こすか、自分で起業するか…思案していたところに、義父から話をもらい、前向きに考え始めたという経緯があります」

東京の大手通信会社を退職して地方の食堂の承継へ。意外にも、小田島氏に抵抗はなかったという。小田島氏が入社した2012年は、折しも、伊勢神宮を取り巻く観光熱が盛り上がる式年遷宮(2013年)の前年にあたった。伊勢神宮が持つ、市場としての潜在的な力が見えつつあった。

「伊勢神宮を訪れる観光客は年間で約850万人。これは統計の年度にもよりますが、軽井沢やハワイ、沖縄とほぼ同じぐらいの規模感です。伊勢市の人口14万人で、それだけのマーケットを形成している。考え方、やり方によっては勝機があります。

地方経済の疲弊、衰退も指摘されますが、それは裏返せば競合が少ないということ。地方の問題は情報が分断され、モノ、カネが十分に循環していないことにあります。その分断を解消できたら、いくらでもチャンスは見えてくる。僕はそう考えました」

そろばんと手切りの食券から大変革
既存社員を一新した改革に込めた信念とは

地方に顕著な情報分断をテクノロジーで解決し、事業の起点にできないか――そう考えながら入った老舗食堂の現場は、予想以上のアナログさだった。手切りの食券で注文を受け、手書きの帳面で売り上げを管理する。会計はそろばんだ。

「食堂にも、そして経営にも、デジタルを生かすという発想、何かを『データ化する』という視点がありませんでした。売り上げをしっかり管理して経営を見える化する。勘に頼った仕入れもデータ化することで食材のロスをなくす…などなど、僕からしたら改善点だらけです」

小田島氏は先端のICTを活用し、経営の効率化と可視化、合理化を推し進めることを決断した。手切り食券+そろばんから、POSレジ+Excelの経営データ管理へ。しかし、こうした経営のデジタル化は数年をかけて行われたもの。スピード感を持って進めたのは経営者とスタッフのコミュニケーション強化、そして従業員の一新だった。

「店舗などの各現場にタブレットを設置し、搭載カメラを活用して顔の見えるコミュニケーションが取れる仕組みを作りました。経営者と働く人のコミュニケーションの希薄さはさまざまな問題を引き起こすと考えたからです。現場を改善するため、スタッフの声なき声を拾うことから着手しました」

「既存の社員には、いかにトラブルなく辞めていただくかに配慮しました。中小企業の経営改革は既存社員との融和にある…そう考える向きもあるようですが、融和はありえないというのが僕の考えです」

ITやデータベースに親和性の高いスタッフを新たに採用。ITやデータベースに詳しくない既存の従業員も、エンジニアに育成していった。その反面、変化に馴染めない社員や会社の方針に合わない社員は退職していった。

「『僕と仕事をすることは変化を楽しむことです』と社員には伝えてきました。これは、新しいゑびやでは変化を楽しめない人は難しい、ということでもあります。変革の最大の阻害要因は既存社員です。コミュニケーションを密にした働きやすい労働環境が視野に入っている以上、既存の社員には退社していただくという選択肢しかありませんでしたね」

コミュニケーションを円滑にし、課題解決を一丸となって考える新生ゑびやからはさまざまなアイデアが生まれる。既存の調理人がすべて退社した厨房は、パート・アルバイトでも料理を提供できるキッチンになった。自分たちが見つけてきた生産者に下処理・加工を委託し、セントラルキッチンの仕組みを構築できたからだ。

仕入れや現場の効率化が進み、食材のロスが減ったことで会社全体の生産性が向上する。2012年当時は売上1億円・従業員一人あたりの売上が400万円弱だった。しかし、飲食・小売・テイクアウトと3業種を構えた2018年は、売上げ4.8億円、従業員一人あたりの売上は約1100万円へ、大幅アップを実現している。

「売上が1億円のまま、家族でやっていける分だけは稼いでいく…そんな考えであれば、従来のやり方でも続けられたでしょう。しかし、人口減少社会の現状維持は縮小、ジリ貧を選択することに他なりません。

日本経済が、そして地方の経済がこれからどうなっていくか? 市場はどう変化していくのか?危惧があるのなら変革を考えていくべきでしょう。既存の社員、従来のやり方を捨てることは辛いことかもしれない。しかし、あらゆる業界、業種で変化が進む中、今までのやり方を貫き通してやっていけるでしょうか?」

労働環境を改善し、離職率を低下させてきた
「職種の転換」が現場とラボをつなぐ

食堂部門において飲食・小売・テイクアウトと業態を拡充した『ゑびや』だが、Eコマースと卸売、さらにITシステムの開発・販売という基軸も加わり、経営が厚みを増した。

2018年には、IT活用を前面に押し出した新会社EBILABを起業。ゑびやでの販売管理データを基に、画像解析によって入店データを分析するツール、機械学習を使った来店客予測ツールなどを開発。多くの企業から注目を集めている。

「飲食業界全体のパイが縮小する中、食堂の多店舗展開は流れに逆らって泳ぐようなものです。ITシステムの開発、運用は労働集約型のビジネスではありませんから、今後いくらでも伸ばしていくことができます。これからの戦い方、そして仲間の集め方は考え方次第で、いくらでも面白くできます」

組織づくり、人材の登用も独自の路線を貫く。地方、都市部に限らず人材難が続く中、ゑびや、そしてEBILABには次代を担う若い力が次々に集まってくる。小田島氏がキーワードにしているのは「職種の変換」だ。

「旅館の仲居から転身して入社し、今ではデータベースの構築に携わっているメンバーもいます。職種の変換で大事なのは社員を信じること。適切なアドバイス、適切な研修期間を設けたら、社員の資質は必ず開花します。

『データベースの構築?うちの子には無理だよ』などと言う経営者は人を信じられていないだけ。自分ができないから社員もできない。そう思っているだけではないでしょうか。当社では女性はもちろん、高校中退者を含めてドロップアウトした人材を広く集め、自信を持たせて本来の能力をいかんなく発揮してもらっています」

EBILABの社員は東京、北海道、沖縄、アトランタなどで場所、時間と関係なくシステム開発、マーケティングなどの業務に励む。

ゑびやでは会社の利益を社員に還元し、「気持ちにゆとりがあってこそ最高のサービスができる」という考えのもと、労働環境を改善してきた。近隣エリアの1.5倍以上の基本給に加えて完全週休2日制、法定有給休暇に加えた長期休暇を保証している。

飲食・卸売とシステム開発の現場を融合させ、顧客にもスタッフにも、そして地域経済にもメリットをもたらす新たな経営を目指していく構えだ。

「食堂の現場も、システムを開発するラボもみんながチームです。労働環境の改善、離職率の低下は、チームとしてどうやるべきかを考えた結果に他なりません。今後も現場とラボをうまく噛み合わせ、次の時代に向けた新しい価値観、サービスを提供していきたいですね」