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事業承継

社員の幸福度を最大化するために
うそ偽りのない経営ができる今が幸せ
側島製罐株式会社 代表取締役 石川 貴也さん

  • 40-50代
  • 製造業
  • 中部
  • 後継者

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愛知県で119年の歴史を紡ぐ側島製罐株式会社。代表取締役を務める6代目の石川貴也さんに事業承継から5年、会社の理念を策定しながら変わっていった企業経営の目的や社員との関係などをお話いただきました。

家業のありがたみを
父の入院で見つめ直した

側島製罐は、明治末期に養蚕業のふ化装置をブリキで製造したことに端を発した缶ひとすじの専門会社です。 「乾物や菓子の容器として『早く安くたくさん作る』をモットーに、2000年には年商15億円まで成長しました」  しかし社会のニーズ変化に伴い、その後20年の売り上げは連続して減り続けました。
「安価な中国製品が輸入され、製鉄量が減少するなど製缶業を取り巻く環境は厳しくなりました」

そんな父の会社の状況をまるで知らぬまま、石川さんは東京の大学を卒業。政府系金融機関で働くことにやりがいを見出し、満足をしていました。
「内閣官房へ出向したり、地域の中小企業の支援を行いました」
そんなとき父が入院。後を継ぐかどうかの岐路に立たされ、会社の行く末を改めて考えました。
「これまで自分は、側島製罐で働いてくれる人たちの支えがあって、楽しい人生を送れてきた。それなのに、この大変な時に見ないふりをして東京あたりで暮らし、中小企業支援の仕事をしていながら家業を顧みないなんて。そんな生き方を続けたら一生ずっと後悔することになると思いました」

誇れる会社にしたいから
社員全員の力を借りる

2020年家業を継ぐと覚悟を決め、社員として入社しました。 「戻るにあたり、父に『頭ごなしに否定しないでほしい』などのお願いをA4用紙5枚につづり、念書として渡したのです」
金融の世界で事業承継の苦労を見てきた経験が役立ちました。
「あとでもめないための対策ですが、父は案外すんなり受け取ってくれ助かりました」
入社して改めて社内を見てみると、価格競争に陥り、赤字が積み上がっていました。30人いる社員同士の気持ちがばらばらで責任を押しつけあい、疲弊していました。
「それでもみんな毎日すべきことをやってくれている。怒りの気持ちは、理想とのギャップがあるからこそでした。こんなに頑張っているのに、なぜ報われない。もっとよくなるはずと思ってくれているまじめな社員が大勢いました」
まずは日頃の働きに心から感謝し、全員の気持ちに寄り添い、話を聞くことに努めました。
「そのとき全員に繰り返し伝えたのは、経営を良くしたいのではなく、みんなが毎日幸せに仕事をしたり、良い人生をここで送れていると思ってもらえるような会社にしたいということでした」
当初は経営改善という言葉を使っていましたが、それは経営側の勝手な都合だと気がついてからは一切やめました。
「社員が心から、自分たちが良い仕事をしていると誇れる会社にしたいから力を貸してほしいのだとぶれずに伝え続けました」

まず取り組んだのは、100年以上続く製缶会社としての思いを言語化し、共有することでした。
「今までなかった側島のミッション、ビジョン、バリューを作ることで、社員が自分の良心に従って働くことができるのではと思いついたのです」
最初に自分一人で理念の案をつくりましたが、それは失敗に終わりました。自分本位で、会社を支えてきてくれた人たちや歴史への敬意が欠けていたと感じたのです。
「これではいけないと、改めて一緒につくってくれるメンバーと、社員の声を集め、1年がかりでみんなで理念を練り上げました」
その結果、ミッション「世界にcan」とビジョン「宝物を託される人になろう」が生まれました。

側島のミッションとビジョンをもとに作り上げた、自社開発ヒット商品第一号である、親子の絆を深める缶「Sotto」。子どものへその緒やおしゃぶりなど、かけがえのない宝物を缶に大切に保管して、いつか取り出すとき親子で語り合ってほしいという願いが込められています。
缶の魅力をSNSで発信したり、キャラクターとコラボ商品を作るうちに引き合いが増え、売り上げが徐々に回復し、今でも年間250万缶を製造しています。BtoCの売り上げも1,000万円を突破しました。

良い仕事が幸せを生む
その循環を一緒につくる

2023年、父の70歳の誕生日に事業承継し、代表取締役になりました。

「理念づくりの失敗を通して、自分が経営者にならなくてはという固定観念を捨てられたのは本当に良かったです」

トップがいわないと社員は自ら動かない、だから怒らねばという諦めからとる厳しい言動が正しいと信じていました。

「今思うと本当に恥ずかしい。世の常識に毒されていた自分をみんなが気づかせてくれました」

その後の数々の取り組みは、メンバーを信じて任せきることに意味があるという信条に基づき、社員の幸福度を最大化することだけを考えながら進めています。

「例えば、給料は自己申告型報酬制度にしました。会社は評価をやめて全員が経営者になり、会社と『覚悟の交換』をするのです」
投資決定委員会という対話の場を通し役割と報酬の妥当性を検証したり、サポーター役の社員が一緒に給与の妥当性を考えます。
「今までは上からいわれたことを頑張れば給料が上がりましたが、今は結果を自分で考え証明しなくてはなりません。だからある意味では昔よりシビアなのです」
それでもみな和やかに、もっとこうできるのではという前向きな提案をしあいながら、給料の額を決めているといいます。
「良い人生からしか良い仕事は生まれません。だから社員の良い人生のための投資をしています。うそ偽りのない経営ができる今がいちばん自分の人生を歩んでいるといううれしさを実感しています」

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