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経営のヒント

ホワイト企業「サカタ製作所」残業ゼロの秘密

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新潟県長岡市にあるサカタ製作所は、金属製折板屋根用金物の製造・販売を主力とする。同社は、知る人ぞ知る”ホワイト企業”として、残業ゼロや働き方改革への取り組みで様々な賞を受賞し、注目を集めている。止むこと無き改革への情熱はどこから来るのだろうか。

(聞き手: 安倍宏行 ジャーナリスト ”Japan In-depth”編集長)

昭和26年(1951年)、大工職人の腕前が試される道具である鉋(かんな)作りから始まったサカタ製作所。昭和60年(1985年)、大学を卒業して2代目坂田匠氏が入社。平成7年(1995年)、65歳を迎えた創業者坂田省司氏は代表取締役会長に、2代目坂田匠氏が代表取締役社長に就任した。

それから24年。20名弱だった社員は今や150名を超える規模に。業容も製品開発に力を入れ、金属製折板屋根用金物の製造・販売へと変貌を遂げた。坂田氏が社長を継いだのは35歳の時。まずは事業承継にまつわる話を聞いた。

「古い幹部との衝突という経験はないですね。社員たちも早いうちからついてきてくれた。行ってみればスムース・トランジション(円滑な事業承継)でしょうか」

そう笑う坂田社長だが、株の相続には苦労したという。オーナーと言っても会社は社会の公器。中小企業だと身内で事業を承継しなければならないケースも多いが、経営能力がある人間が何代も続くかどうかはわからない。だから、「資本と経営の分離」が重要だ、坂田氏は言う。

既に後継者は長男と決めている。

「上場をやめた2年後に決めました。そのとき、長男は24歳くらい。

若いなという違和感は全くなかったです。私がものすごい心労から心筋梗塞で倒れちゃったので。実はそのとき長期政権は良くないという考えがあったので役員には辞めてもらい、課長レベルで優秀な人間を一気に役員に引きあげました」

その後、平成21年(2009年)に再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)が始まり、太陽光発電ブームが追い風となり、業績がぐんぐん上がっていく。

そうした中、サカタ製作所が「働き方改革」に力を入れ始めたきっかけはなんなのだろうか?

残業ゼロへの道

坂田氏は、働き方改革というものがあったからやったわけではない、という。既に同社は平成4年(1992年)に新潟県で最初に完全週休二日制を達成している。その時、年間休日もいきなり31日増やした。変化は一気に進めてこそ意味がある、という哲学が根底にある。

「茹でガエルの理論じゃないけど、変化に気づかない程度にゆっくりゆっくりというふうにじゃダメなんですね。だったらいきなり沸騰しちゃうようなところに体を進めたほうがいいと考えるわけです。ちなみに、休日を増やしたら売り上げが12%伸びて経常利益は25%上がりました」

サカタ製作所は「残業ゼロ」で有名だが、これも最初は残業20%削減という経営目標を出した。しかし、現場からは大した知恵は出てこなかったという。そこで坂田氏は、経営目標として残業ゼロを掲げた。売り上げ目標設定せず、利益目標設定せず、残業ゼロにするためだったら何をやってもいいと宣言したのだから従業員も驚いたろう。

就業規則を何回書き変えてもいい。売り上げが落ちてもいい、赤字になっても構わない、納期が間に合わなくてもいい、お客さんの信用をなくしてもそれでもいい。君たちがやらなきゃいけないのはとにかく残業ゼロにすることだ、と宣言しました」

それで実際残業ゼロになったのだろうか?

「いや、なりませんでした。ちゃんと抵抗勢力が出てきます。当時の役員で言うことを聞かず、自分の部署に戻ると社員たちに残業させていたんですね。仕方ないので辞めてもらいました。するとその部署もすぐ残業ゼロになりました」

とにかく社員を信頼する、徹底的に任せる。そう簡単にできる事ではない。いや、普通の経営者ではそんな勇気は出ないだろう。ちゃんと利益が上がっている会社だから出来るのでは?そんな疑問が湧いてくる。

「うーんそうですね。『出来っこない』という発想が出て来たら、もうそれはできません。ちょっとでもできない、と思うんだったら、やらない方がいいですね」

さて残業ゼロになって驚くべき事に、増収増益になったサカタ製作所。残業代がなくなっても、ボーナスで奮発した。なんと去年の冬のボーナスは平均100万円以上だという。

ちょっと狐につままれたように思う読者もいるかもしれない。種明かしは、「新製品開発が加速するから」だ。残業ゼロにするためには、営業のやり方、開発のやり方、すべて変えざるを得ない。従業員が前向きになり、利益率の良い新製品がどんどん売れているのだ。残業ゼロが増収増益を生み出す源泉となっている。

そして、サカタ製作所は女性の働きやすさでもトップを走る。子どもが発熱したりしてお迎えに行かなければならない事はよくあるが、同社では、有給休暇が1時間単位で取ることが出来るのだ。そして残業は1分単位だという。残業ゼロだから本来ないはずだが、終礼のチャイムから逃げ遅れるケースはゼロではない。

こんなことがあった。去年の冬に大雪が降ったとき、業者が途中の渋滞に巻き込まれて就業時間内に来なかった。それで社員がトラックが来るまで待っていた。当然残業が発生した。

「これはいいことですが認めません。それはよかった、じゃあ残業は許そうねでは終わらないんです。今度大雪が降って業者がトラックで時間通りに来れなくなった時にはどうするか、その対策を考える事が大事なんです。でも彼らは素晴らしい社員です。上が残業ゼロを言ったからといって、納期を遅らせようなんて社員は1人もいません」

まさしく、残業ゼロは様々な知恵を出す”打ち出の小槌”になっている。

これからのサカタ製作所

「この世で1番信用してはいけない人間は自分自身だと決めている」という坂田氏。会社の株は、坂田氏と息子三人が所有している。坂田氏の株のみ一般株で議決権があり、息子三人は種類株だ。

「自分がおかしくなったときに自分を排除する仕組みを作り上げようと思っていたんです。私は2.8%の株しか持っていないので、私以外に代表権を持つ役員が発生した場合、種類株が一般株に変わるという特別条項をつけているんです」

どういうことかというと、社長を排除しなければならない何らかの事態が発生した場合、取締役会は社長以外に代表権を持つ人を議決することが出来る。すると子どもの株は種類株から一般株に変わる。つまり子どもが親の首を切ることができる仕組みだ。長男に事業承継するにしても、坂田氏の思想は徹底している。

そして、サカタ製作所の将来はどうなるのか。最後に尋ねた。

「私の守備期間はずいぶん短くなりました。もう次のものに夢を託します。僕は25歳の時に25ヵ年計画というものを作りましたが、それは僕のものであって子どものものではない。だから次の経営計画は次の人がしっかり作ればいいと思う」