父が築き守ってきたプロテック 「人のために」の理念を貫きたい プロテック株式会社 代表取締役 小松 麻衣氏
- 40-50代
- 北海道・東北
- 女性経営者
- 後継者
2021年10月16日、「突然の事業承継」啓発オンラインイベント『夫から社長を継ぎました』(主催:「女性のための事業承継ステーション」Supported by エヌエヌ生命保険株式会社)が開催されました。
ゲスト(語り手)として登壇したのは、静岡県で健康&介護関係の施設を多数展開する、株式会社エイワンスポーツプラザ代表取締役の鳥居清美さんと、千葉県でリフォーム工事と不動産仲介業を営む株式会社キッチンアンドリビング代表取締役の小泉裕美さん。お二人とも、夫から経営のバトンを受け取った、事業承継の経験者です。配偶者の逝去という不幸に直面しながらも、悲しみに浸る余裕もないまま会社存続のために動かざるをえなかったお二人の経験はどのようなものだったのか。
「女性のための事業承継ステーション」を運営する女性社長.net(コラボラボ企画運営)代表で、お茶の水大学客員准教授の横田響子さんと、エヌエヌ生命カスタマーエクスペリエンス部部長の小橋秀司が、ファシリテーターを務め、お話をお伺いしました。
1985年結婚を機にオムロン立石電機(株)を退社。10年ほど専業主婦として子育てに従事。以降、会社の事務を手伝いながらカルチャー教室で紙バンドの講座を開く。2010年夫の死去に伴い、代表取締役に就任。
事業継承の経緯
夫は2008年のガン宣告から手術・入院・闘病の二年間を経て、2010年鬼籍に入りました。良いも悪いもなく、不思議なくらい当然のように会社を継ぐことになりました。
建築の専門学校を卒業後、ゼネコンで現場監督を経験したのち、実家の家業(機械設計会社)を手伝う。その後、結婚・出産をし、パート勤務をしながら、1男1女の育児中心の生活をおくる。
2016年9月に株式会社キッチンアンドリビングに入社し、経理全般・不動産売買業務の他に会社の業務改革に奮闘する。
事業継承の経緯
2014年の春、リフォーム会社を営んでいた夫に病が発覚。治療が長期にわたり2016年9月に夫のサポートをする為、株式会社キッチンアンドリビングに入社。2018年4月に先代の社長である夫の死去に伴い、事業を継承する。
横田 それではゲストのお二人、まずは自己紹介をお願いします。
鳥居さん(以下、鳥居)エイワンスポーツプラザの鳥居と申します。弊社は静岡でスポーツクラブ、スイミングスクール、スタジオなどの健康産業のほかに、スーパー銭湯、介護事業などを手掛けております。創業は1980年、私が夫から事業を引き継いで11年になります。
小泉さん(以下、小泉)キッチンアンドリビングの小泉と申します。千葉市稲毛区に店舗を構え、リフォーム工事と不動産の仲介業をしています。創業は2006年9月、私が引き継いだのは2018年4月。引き継いで3年半、きちんと引き継げているかもわからないまま、がむしゃらに突っ走ってる最中です。
小橋 お二人とも、経営を引き継ぐ前から会社でお仕事をされていたのでしょうか。
鳥居 私は結婚してから静岡に移ったんですが、当時の経営者だった夫の父親が、会社には家族を入れないという考え方だったので、最初の何年間かは主婦として過ごしていました。夫が会社を継いでから、たまに会社に顔を出すようになりましたが、本当にお手伝い程度で、私自身が事業を継ぐということはまったく考えていませんでした。
小泉 私は父が事業をしていたこともあり、そもそも自分で事業をする男性と結婚すること自体、どちらかというと抵抗がありました。ですから主人が独立すると言ったときは、反対こそしませんでしたが、自分でやってくださいね、というスタンスですね。手伝いをするようになったのは、主人の病気が発覚してからです。
小橋 先代社長にご病気が発覚してから、心境の変化はありましたか。
鳥居 病気のことは夫本人から聞いたんですが、亡くなるということが現実的に思えなかったですね。病気だけど、治ってそのまま続けるんだろうと思っておりました。
小泉 私もほとんど同じです。病気がわかってからも、治ったら何をしようといった前向きな話ばかりで、悪い方の話はまったくしませんでした。
小橋 それでも「これだけは伝えておきたい」といった、今後に向けての具体的な話はありましたか。
鳥居 具体的なことを言われたことはないです。本当に、夫自身も亡くなるということを考えていなかったと思います。最後まで社員にメールで指示を出していましたから。でも病気が進行して、いよいよベッドから起き上がれなくなり、私が会社を見るという話になったとき、「ずっとそういう勉強をしてきたわけでもないから、つまずいたり、先が見えなくなる時がきっとあると思うけれど、そんな時はできる人に頭を下げて頼めばいいんだよ」というようなことを言われ、それは心に残っています。
小泉 私の場合は、リフォーム工事などをしている会社なので、ハンコを押せる人がいなくなると何かあったときに困るということで、ギリギリのところで「代表者変更しなければならないね」というような流れでした。ただ、病気になる以前から、夫は私に対して、何ごとにおいても「自分で決めていいよ」というスタンスだったので、「続けるもやめるも、どんなやり方をしようが任せる」というような表現をしていた記憶があります。
横田 経営者本人が病気になっても、お互いに明確に言葉にするというのは、とても難しいですね。明確な覚悟、私が代表者になるんだと思われたのはいつ頃でしたか。
鳥居 病気が転移して、もう緩和ケアしかないという状態になってからです。
小泉 代表者変更したのも、作業的に困るからというだけで、覚悟というような大それたものは無かったように思います。大きい声では言えないんですが、いまだに日々「覚悟を決めてやるんだ」と、自分に言い聞かせている感じです。
横田 次は自分かなって思ってからも、やはりそういう話はできませんでしたか?
鳥居 それを聞いてしまうと、「もうあなたの命はこれだけですよ」と言ってしまうような気がして、何も聞けなかったですね。けれど今だったら何でも聞きたいです。特に、会社をどういう風にしていくつもりだったのか。たとえば5年計画とか、10年計画をどう考えていたのか。何も知らずに入ってしまったので、全部イチからだったんですね。自分で理念を書いて、3年計画、5年計画というのを毎年立てるんですが、それが正解なのかどうかわからない。どういうつもりで会社を経営していたかというのは、今でも聞いてみたいです。
小泉 鳥居さんのおっしゃる通りですね。まさに今、私も経営理念作りに取り組んでいる最中です。経営理念と、この先会社をどうしたかったかを聞いていたら、今こんなに迷わずに済むのにと思っているところです。
小橋 本日の参加者の中には、現在は経営者がお元気だという方もいらっしゃると思うんですが、そういう方々が、ビジネスに対する思いなどをさりげなく聞くには、どうすればいいと思われますか?
鳥居 やはり何かにつけて会社のことをちょこちょこ聞くしかないと思います。
小泉 主人は家庭で会社の話をすることを嫌がったので、私もあまり聞かなかったんですが、元気なときしか聞けないこともたくさんあるので、そこは家族として、図々しく聞いてもいいんじゃないのかなと思います。
鳥居 私の頃はまだ、会社の話をすると「おまえは黙っていろ」という感じでしたが、今の若い経営者の中には、会社のことも家庭のことも、夫婦で一緒に考えていくという方が増えているのではないでしょうか。
横田 ここからは事業承継後のことをうかがいます。私たちが勝手に「3大お悩み」と思っているのが、「お金」「人間関係」そして「メンタル」ですが、この中で、初期のころに特に困ったことは何でしょうか?
小泉 私が引き継いだのは専門職なので、まず「その仕事を続けるにはどんな資格が必要か」。誰がどんな資格を持っているか、会社を維持するために、何をどのように手続きすればいいかわからない。主人が自分の資格を使っていたことが多かったので、古くからいるスタッフも知らないことが多くて。だから書類を整理しながら、会社を運営するためにどんな条件が必要かということから調べ始めた、というイメージですね。書類を読み解きながら整理していって、全部の引き継ぎが終わるまでに半年くらいかかりました。おかげで始末書を書いたり、いろいろ経験させていただきました。
横田 え、始末書ですか?
小泉 免許を引き継ぐのに、届け出期限があるのを知らなかったので遅れてしまって。理由や経緯を書いた始末書を役所とかに提出するんです。
横田 それはリアリティのある体験ですね!
小橋 ちなみに、夫が使っていたパソコンや情報端末には簡単にアクセスできましたか? 最近、それができなくて困るというお話もけっこう聞くのですが。
小泉 私はまさにそれです。夫のパソコンを開けられなくて困っていたら、小学生の娘が「たぶんこうだと思うよ」と、簡単に開けたのでびっくりしました(笑)。
横田 娘さん、グッジョブ!ですね(笑) そういう情報の引き継ぎは、鳥居さんもお困りになりましたか?
鳥居 私の場合は、経理や総務などそれぞれの業務の担当者がいたので、担当者に言われるがままに判を押しただけ。コンピュータもそのまま見られました。ただ、書類を見直していくと「こんなことがあったんだ」とか「こんなトラブルがあったのか」とか、初めて知ることばかりで、最初はちょっとメンタルが沈むというか。やっぱり半年くらいは落ち込むことが多かったですね。けれど「私、大丈夫かな」と感じている余裕もないくらい忙しくて。でも泣き言を言っている余裕もなく、ただ一日が終わればいいと思っていました。
横田 ほかにも事業を引き継がれてから「これは聞いておけたら楽だったな」ということはありましたか?
鳥居 従業員のことは聞いてみたかったですね。協力的な人もいれば、やはりいろいろ言ってくる人もいたので。どうすれば社内を整えられるかということは、自分で考えるしかありませんでした。
横田 小泉さんはいかがですか?
小泉 そうですね、「彼だったらどう判断するんだろう」ということは日々、考えています。職人さんや従業員と、どんな距離感で仕事をすればいいんだろうといった細かいところですね。
小橋 困ったときの相談相手はいましたか?
鳥居 会社には娘と息子がおりますし、親戚も何名かおりますので、相談することはありました。あと、会社の弁護士と会計士が女性なので、仕事とは別に食事に誘ってくれたり、何かと力になってくれました。
小泉 私は兄が事業をしているので、会社の運営的なことは兄に相談しています。あと、専門職に関しては、主人が起業したのと同じ時期に別の会社を立ち上げた、すごく仲がいい友人がおりまして、その方にも相談に乗ってもらっています。
横田 トークセッションも残り僅かになってきました。ここで参加者の質問にお答えいただけますか。お一人目は現在経営者で、妻が専務。事業は娘さんに継いで欲しいと思っているのですが、そういう場合の注意点は?というご質問です。
小泉 経営者のカラーにもよると思いますが、社長さんが前面に出てお仕事されているような会社でしたら、なるべくほかの方に仕事を割り振って、ご自身は経営の舵取りに専念するという風にすれば、引き継がれる方がやりやすいと思います。うちは夫のカラーで引っ張っていたような会社だったので、そこが今もプレッシャーに感じるというか。夫と同じやり方はできないなと感じています。
鳥居 それから後を継ぐ娘さんや息子さんをどんどん外へ出し、たとえば商工会とか青年会議所とかで、自分なりのネットワークを作っておくことも必要だと思います。
横田 さすが、どちらも具体的で役立つアドバイスですね。さて2つめの質問ですが、「承継する前はどんなお仕事をされていましたか?」。質問者の方は、自分の現在の仕事を捨ててまで継ぐ必要があるのかという悩みをお持ちのようです。
鳥居 必ずしも肉親だから継ぐっていうことはないと思います。でも、やむなく仕事を辞めて継いだとしても、前の経験がもっと大きい事業展開につながっていくこともあるのではないでしょうか。
小泉 私は地元の会社で、パートで経理の仕事をしていたので、その経験は役立っています。ただ、事業を引き継ぐって、ある意味、起業より大変だと思うことが多いので、そこをどう判断されるか。それに尽きると思います。
横田 そして最後の質問です。「自分で立ち上げた新しい事業はありますか?」。
鳥居 私になってから介護事業を立ち上げました。といっても、プールで泳いだり歩いたりして体を丈夫にするというものなので、まるっきり新しい事業というわけではないんですが。
小泉 私の場合、新しい取り組みは会社の仕組みをしっかり固めてからですね。あまり手を広げて、目が届かなくなるのも夫の本意ではないと思いますので、今はまだ着実にと思っています。
横田 鳥居さん、小泉さん、ありがとうございました。いただいた質問を通して、同じような状況の方がいらっしゃったり、今後のことをご懸念されての具体的な悩みをお持ちの方など、本当に全国各地にこういう皆さんがいらっしゃるんだなあと実感しております。日本では女性に特化した支援はまだまだ少ない状況ですが、女性のための事業承継ステーションに登録している団体の皆さんのように、女性経営者を支援する団体も生まれていますし、全国的なネットのサポートもあります。また、今日のイベントのような機会をうまく使って、皆さんが前に進むきっかけになればと思っています。
小橋 トークセッションで出てきたような、「こういう話をもっと聞いておけばよかった」ということはまだまだあると思います。そこでみなさまにお知らせですが、エヌエヌ生命では、突然の事業承継を体験された女性経営者のコミュニティ「女性社長のココトモひろば」に加え、現役経営者の妻向けの情報サイト「つぐのわ」を10月20日に立ち上げます。「夫にもしものことがあったとき、継ぐのは妻のあなたかも」ということで、今回いろいろ出てきたような質問とか、具体的に何をすればいいのか、夫とはある程度話しているが、それで十分かを第三者の目線で確認できるチェッカー、そして実際に乗り越えてこられた女性経営者の方のお声などを集約した情報サイトです。もちろん何もなければそれが一番ですが、経営者がお元気なうちに、少しでも話せるきっかけにしていただけたら幸いです。
大手調査会社の資料をもとにエヌエヌ生命が出した試算では、国内の中小企業において先代社長が他界された場合、親族の女性が事業承継するケースが約4割にのぼっています。別の調査では、事業承継を経て経営者になった女性の6割が「自分が後継者になるとは思っていなかった」、約半数の方が「承継は突然起こった・準備の期間はほとんどなかった」と回答。
日本の経営者における女性の割合が1割にも満たないことを考えると、事業承継という場面では女性が出てくる割合がずいぶん高い一方で、何の準備もない中バトンを渡される女性承継者が多いことが伝わってきます。
また、男性経営者に「万が一の場合の事業承継者は誰か」尋ねると、約半数が「親族」、しかも2割くらいが「配偶者」と答えています。しかし、男性経営者ならびに経営者の妻を対象とした調査では、7割が「万が一の時にどうするかまだ話し合っていない」と答えています。(調査の詳細はこちらをご覧ください。)
このイベントがご家族と万が一についてお話をするきっかけとなり、ご家族の経営する事業の継続に必要な備えにつながれば幸いです。
オンライン・イベントの様子はアーカイブ動画からもご覧いただけます。こちらから
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