中小企業経営者の資産運用① 余剰資金を資産運用に活用する理由
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農薬を使わない、いわゆる有機農法にこだわる農業従事者が熊本にいる。
前回取材した、スイーツオブリージュの桑原りさ氏がクッキーの材料である有機小麦を購入している「株式会社ろのわ」(以下、ろのわ)だ。
熊本空港から北東に車を走らせること30分、菊池市にある「ろのわ」の代表取締役東博己氏を訪ねた。
「ろのわ」が農薬を使わない農業を始めたのは今から32年も前のことだ。
ある日、父親が突然宣言したという。
「孫には安心して食べさせられるもの、いいものを食べさせてあげなければいけない」
当時、博己氏はまだ結婚していないタイミング。生まれてもいない孫の健康を考え、父は無農薬栽培を決断した。
当時としては無謀な挑戦と受け止められただろう。当然、周囲からは止められた。
「田舎はある意味家族みたいですから。『儲かりゃいいけど、なんであえてそんなことするの?』といわれました」
それでも当時、無農薬で作った米を買ってくれるお客さんがわずかながらいたことが父の背中を押した。すべての農作を無農薬でやることにためらいはなかった。
農薬や化学肥料に頼らず、自然な土づくりを行って農産物を作る農業形態を「有機農業」(注1)という。
日本の有機農業の取組面積は過去10年で約5割拡大している。しかし、増えているといっても、耕地面積に占める割合は0.6%にすぎない。
出典)農林水産省ホームページ
有機農業で作られた農産物に対し、国の認証制度がある。「有機JAS認証制度」がそれで、JAS法に基づく有機食品の認証制度のことだ。国が定める有機JAS規格に適合した方法で生産されている農産物を「有機・オーガニック農産物」と呼ぶ。これらには、「有機JASマーク」を表示しなければいけない。
図)有機JASマーク。太陽と雲と植物をイメージしている。
出典)農林水産省ホームページ
栽培時に「有機JAS規格で認められていない肥料・農薬などの資材」を使用していると有機JAS認証は受けられない。農業生産を行う「ほ場」については、栽培を開始する2年以上前から禁止された農薬・化学肥料を使用していないことなどが求められている。また、遺伝子組み換えの種苗を使わないこととされている。
有機JAS制度の歴史は意外と浅く、2001年に発足した。「有機」とか「オーガニック」などと呼ばれていても統一規格がなかったため、日本農林規格 (Japanese Agricultural Standard=JAS) の新たな分類として作られた。むやみに「無農薬」などの表示が使えないよう、こうしたルールが作られた経緯がある。
東さんの農業に対する考え方はシンプルだ。
「土を健康な状態に保ってあげると、そこから育つ作物も健康になる」
さぞかし農薬を使わない農法は手間がかかるだろうと思ったが、意外なことに、それほど手がかからないのだという。
その秘密は田んぼに生息する生物にあった。
まず、農薬を使っている田んぼとそうでない田んぼとでは、水の中の生きものが全然違うと東さんは言う。
「うちの田んぼには、ホウネンエビとかカブトエビとかジャンボタニシとかがいっぱいいるんです。でも隣の田んぼには全くいない。土の中の微生物のバランスも全く違います」
田んぼの水の中の生きものにはちゃんと役割がある。
例えば、ジャンボタニシ(正式名称:スクミリンゴガイ)は稲を食べる「食害」がおきることから農林水産省は駆除を推奨している。しかし、東氏は逆にジャンボタニシを「うまく使いこなさなくてはいけない」と言う。なぜならジャンボタニシは雑草を食べてくれるからだ。
出典)農林水産省ホームページ
通常、ジャンボタニシが動き回って悪さをしないように田植え直後に水を抜くのが普通だが、それだと、田植え前の代掻き(水田用のロータリーで田んぼを平らにする作業)でどうしてもできる高低差の低い部分にタニシが集まってしまい、結果として食害がおきてしまう。食害にあった部分には捕植(手作業で植えること)をせねばならず、手間がかかることになる。
東氏は逆に水を深くすると言う。ジャンボタニシは自由に動き回り、まんべんなく雑草を食べてくれる。でもそれでは稲も食べられてしまうのでは?
「稲は分結(茎の根元から新しい茎が生えること)するので1本食べられてもまた出てきます。タニシが動き回って、1カ所の稲を食べないようにしさえすればいいのです。」
普通の田んぼではジャンボタニシ駆除のため、田植え時に薬剤を散布する場合もある。
「作物を育てる上で、『悪いやつ』を殺してしまう発想じゃダメです。共存しないとダメ。バランスなんです。『いいやつ』だけでは自然の摂理に反してしまう」
農薬を使わない場合、農家としての収益性はどうなのか。農薬を使う場合と比べると、収量が落ちることを東氏は認めている。ではどうやって収益を確保するのか。
「収量が落ちるのはリスクですが、弊社の場合は、生産から加工・販売まで一貫してやることによってそのリスクを回避しています」
有機農業の1番の難関は販売だと東氏は言う。
「販売することで初めて収益になりますが、その販売が難しい。私たちは収量が落ちても、自分のところで加工して販売できているので、それでカバーしています」
加工場を見せてもらうと、昔ながらの古い機械で作業をしており、ほぼ手作業なことに驚く。
「ろのわ」では、通常だったらほとんど値が付かないB品(規格外品)でも加工に回せるので無駄がない。農薬を使ってないので、精米してできたぬかや、小麦の製粉時にできるふすま(小麦の皮や胚芽の部分)も高く売れる。焙煎機もあるので、きな粉や玄米茶も作ることができる。つまり、しっかり付加価値を取りに行っているのだ。
農業は難しい産業だと東氏は言う。
他の産業と違って、農業機械などを購入する資金を調達しなくてはならない。新規参入のハードルが高いのだ。
中山間地域だと、耕作できない斜面の面積が広く効率が悪い。草刈りも重労働だ。広大な土地で耕すことができる北海道の農作物と比べ、土地が狭い九州では、原価は当然高くなる。だからこそ、付加価値を求めていかねばならないと東氏は説く。
しかし、逆風ばかりではない。東氏は有機農業には今、追い風が吹いていると考えている。キーワードは「SDGs」だ。
現在熊本は台湾半導体大手のTSMCの進出に伴い、関連企業も進出し始めている。
「企業とコラボレーションができないか考えています。例えば、私たちがやっている有機農業で作ったお米を社員食堂に提供する。その見返りに企業は農家に農機具の購入資金などを支援するといった仕組みです」
有機農法をやっている農家と手を組むことは、SDGsの目標達成に貢献する「健康経営」にもつながる。行政には頼らない、農家と企業との新しい関係を頭に描いている。
「ろのわ」の語源だが、「ロノ」はハワイの収穫の神様。また、「ろ」には、食の象徴として「囲炉裏(いろり)」の「ろ」の意味もかけた。「わ」はそれを囲む「輪(わ)」、すなわち食の循環や調和などの思いをこめ、組み合わせて「ろのわ」とした。
今、東氏の農地は田んぼが約12ヘクタール、畑が約10ヘクタール、合わせて約22ヘクタールだ。東京ドームおよそ5個分に当たる。菊池市の農家の中では大きい方だという。
農家の悩みは言わずと知れた後継者不足。廃業する農家も少なくなく、ろのわがそうした農家の農地を毎年2ヘクタールくらい引き継いでいるのが現状だ。
東氏は、将来息子に継がせようと思っている。しかし、後継者がいない農家は廃業するしかない。
「農業に若手が入ってくればいいのですが、入ってこない。私たちがお手本となって、(有機でも)やればできるんだということを実際に示すのが大事だと思っています」
注1)有機農業
平成18年度に策定された「有機農業推進法」において、有機農業を「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう。」と定義されています。(農林水産省ホームページ)
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