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事業承継

「夢は台湾の球団を買って新潟に逆輸入すること」
株式会社ヒカリ食品 代表取締役 中山 大 氏

  • 40-50代
  • 中部
  • 後継者
  • 地方創生
  • M&A

この記事は7分で読めます

野球選手がおかゆ製造・販売事業をやっていると聞き、訪れたのは新潟県五泉市(ごせんし)。

 

新潟県下越地方にあり、 越後平野の東に位置する。ぼたん栽培が盛んで、ニット製品の全国的な生産地でもある。

 

新潟駅から車で30分ほど、のどかな市の一角に「株式会社ヒカリ食品」があった。

ヒカリ食品

野球選手から経営者へ転身の背景

社長の中山大(たかし)氏は、「新潟アルビレックスBC」で2008年より2年間、ピッチャーとしてマウンドに立ち、その後投手コーチになった。移籍した「富山GRNサンダーバーズ」では球団代表補佐も経験する筋金入りの野球人だった。

 

2015年、29歳で野球を辞めてからは心機一転、販売促進サポート事業やまちづくり・スポーツ事業を行う、株式会社エヌエスアイ(以下、エヌエスアイ)に入社。社内ベンチャーなどを立ち上げたりしていた。

 

それがなぜ、おかゆ製造・販売の会社の社長をやることになったのか。

 

実は中山氏、サラリーマンをやりながらも独立する夢を持ち続けていた。エヌエスアイでも、新規事業部でいろいろな会社を立ち上げた。そろそろ軌道に乗りかかった時、コロナ禍が会社を襲う。特にイベント関係の事業は売り上げがゼロになった。作り上げたものが簡単になくなるという衝撃は、中山氏を突き動かした。

 

「利益率が良いものを探る中で、最終的にはやっぱりメーカーだなという結論に至りました。でもゼロから立ち上げるには時間がかかる。それならM&A(企業の合併買収)だと」

中山大氏

そう考えた中山氏。承継する企業を探していたときに、最初にヒカリ食品の案件が出てきた。その後の中山氏の動きが速かった。

 

「決算書見たらかなりいいんじゃないかなと思いました。そこでエヌエスアイに子会社として買いませんかと話したのです」

 

しかし、コロナ禍の真っ最中、社長は首を縦に振らなかった。だったら、自分で買ってしまえ!決断は早かった。

 

「それなら、個人的に買っていいですか?」「ああ、いいよ」

 

そんなやりとりがエヌエスアイの社長とあり、中山氏は本当に自分のお金でヒカリ食品を買ってしまった。原資は、大学生時代からバイト代を貯めてコツコツと金取引で蓄えたものだった。

 

「僕はどちらかと言うと、パッションで動く人間。人の情とか熱意とかに動かされますね」

 

ヒカリ食品の創業者は高齢で承継してくれる人物を探していた。顧問の人と営業担当者の2人の会社にかける熱い思いを聞くうちに、「この会社を継続していきたい、守りたい」と突き動かされたという。

 

「いつか新潟の何かを持って海外でビジネスをしたい」と思っていた中山氏にとって、まさに千載一遇のチャンスだった。

 

なにより扱っている商品が新潟の名産品「米」だ。しかも、お米の加工品である「おかゆ」を商品としている。

 

「実はおかゆは考えた事はなかったのですが、これはいける、と思いましたね」

中山大氏

まず、賞味期間が長い。超高齢化時代のニーズにマッチしている。防災備蓄のニーズもある。そしてインバウンド需要が戻れば、アジアの人が好む「朝かゆ」の需要も期待できる。「市場は絶対なくならない」。そう中山氏は確信した。 

経営哲学

中山氏は「安心安全で健康なものを作る」というミッションを掲げた。

 

創業者が掲げた安心安全に「健康」を加えたのは、「いかに社会に必要とされる会社であるかということを、社員と共有して、しっかりとしたものを提供し続ける」ためだ。

 

「それが僕の信念です」そう、中山氏は言い切る。

 

社長になり、真っ先にやったことは、経営の方向性を示すこと。

 

「高齢のスタッフの方も不安にさせないよう、すぐに私自身で旗を振り始めました」

 

コロナ禍の巣ごもり需要で、おかゆの売り上げは好調。1年目でしっかり結果を残すことができた。

 

今は、会社が成長の軌道に乗り続けるための多様な施策を従業員に示し続けているという。 

ヒカリ食品

商品企画

ヒカリ食品のおかゆが並んでいるというので、市の複合施設「ラポルテ五泉」に向かった。

 

産直ショップ「メルカートごせん」には市自慢のコシヒカリや加工食品、ニット製品などが陳列されており、その一角にヒカリ食品のおかゆが。金色のパッケージがひときわ目を引く。

 

実は店長の川俣美和子さんがデザイン変更を中山氏に提案したのだという。

 

「前のデザインはちょっとシンプルだったので、『変えた方がよくないですか?』と中山社長にお話したら、すぐにこのデザインに変えてくれました。おかげさまで売れ行きもアップしましたね」 

メルカートごせん

こちらの施設、1周年を迎えるにあたり、ヒカリ食品と新潟の郷土料理として知られる「のっぺ汁」(新潟の代表的な家庭料理。里芋やきのこ、さやえんどうなどが入った煮物)を企画した。里芋は五泉市の名産だ。 

のっぺ

写真)「のっぺ」(イメージ:ヒカリ食品とは関係ありません)

出典)農林水産省Webサイト

こうした商品開発のアイデアは一体どこから湧いて出てくるのだろう?

 

中山氏は今一番売れている商品、すなわちトレンドを徹底的にリサーチするという。

 

「私は固定観念を基本的に持たないので、売れているものは売れている理由をとことんまで分析するんです。時流とターゲティングさえ間違えなければその商品は売れる、と経験則的にわかっています」

 

その勝負感のようなものはいつどのようにして培われたのか?

そう中山氏に聞いたら即答してくれた。

コーチの経験が生きた

投手コーチの経験が一番生きてますね

 

中山氏はコーチ時代、ピッチャー10人でどうチームを勝たせるか、ずっと考えていたという。シーズン7か月の間、優勝を目指すためには、前期と後期、それぞれどうピッチャーの登板を組み立てるのかが仕事だ。調子を落としたり、けがをしたりする者もいる。まさしく、組織のマネジメントを突き詰める仕事だったわけだ。その時の経験が今、経営の意思決定に生きている。

 

「売り上げは今月いくらを目指す。黒字を目指すためには、これだけ経費がかかるから、じゃあ、どう営業をかけたらいいか。それを明確に従業員に提示しています」

 

極めて戦略的であり、明快だ。従業員としては動きやすいに違いない。

ヒカリ食品

今後の経営戦略

中山氏は攻めの経営を加速している。今回、5つの戦略を語ってくれた。

 

1つ目は設備の増強だ。来年、現在の工場の3倍の広さの土地に引っ越す。今後の売り上げ増に備えるためだ。

 

2つ目は、SNSマーケティングの導入だ。

 

「コロナ禍で生き残っている飲食店は、お客さんの囲い込みと、そのお客さんに毎月いくら払ってもらうかを戦略的に考えています。ただなんとなくやっているところは勝てませんでしたね」

 

コロナ禍でそれがはっきり分かったと中山氏。「購買意欲って脳科学の分野だと思っています。今、インスタグラムでアンバサダー(注1)50人くらいに、ものすごく食べたくなるようなオリジナルレシピの写真を投稿してもらっています」

 

3つ目として通販戦略の強化だ。SNSでつながりができたお客さんへ直接アピールすることを強化し始めた。 

 

インバウンドが戻ってくる時に備え、朝かゆを検索したとき、ヒカリ食品の商品がトップに来るように仕掛けてもいるという。

 

4つ目として、新規商品開発にも力を入れる。

 

それは、「健美かゆ」。特別栽培米を使用した発芽玄米がゆである。健康を意識する女性のために、食物繊維が多く摂取できる野菜がたっぷり入っている。「アルビレックスチアリーダーズ」の意見も取り入れて開発した。

 

体に良いものって絶対になくならない

 

その信念が新商品開発の根底にある。

 

5つ目が、事業の海外展開だ。新たな商材を手に入れるため、M&Aを考えている会社が2,3個あるという。

 

究極的には直販が理想だと中山氏。

 

「小売りに頼らなくても自分たちで勝負できるような状態をつくろうと思っています」

ヒカリ食品

その先の夢と自身の承継

中山氏の夢は尽きることがない。2つの夢があるという。

 

1つ目の夢は、東京にリアル店舗を作り、「ヒカリブランドを認知させること」。これは実現可能性が高そうだ。2つ目がすごかった。

 

それは「台湾の球団を買う」こと。

 

一瞬耳を疑ったが、その夢には中山氏の現実的な目標が込められている。

 

日本の野球選手が台湾プロリーグで結果を残せたら、MLB(メジャーリーグベースボール:米大リーグ)にも行けるし、日本の球団に入る道も開けるのだという。

 

台湾の球団を買って新潟県に逆輸入することも考えてます。台湾と新潟県の貿易を強化すれば、県にもメリットがあるのではないでしょうか」

 

中山氏は、創業社長から第三者承継をしたばかり。まだ自身の承継を考えるには早いかと思ったが聞いてみた。すると意外な答えが返ってきた。

 

次の代に引き継いだ時が僕の成功だ、という認識なので、できれば早く引退したいと思っています。あと10年かな

 

いずれは海外を拠点にしたいと思っているという中山氏。

 

5年後に台湾の球団を買って、その5年後に引退して台湾で一生暮らせたらいいですね

 

中山氏はそう笑った。

 

単なる夢物語では終わらない何かを感じながら、新潟を後にした。

 

注1)アンバサダー

自社の製品やサービスのファンであり、他のユーザーにそれらを紹介したりすすめたりするユーザーのこと。


株式会社ヒカリ食品 代表取締役 中山 大 氏

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