中小企業経営者の資産運用① 余剰資金を資産運用に活用する理由
- 税制・財務
- 専門家に聞く
- 相続
この記事は8分で読めます
空前のクラフトジンブームである。
と言われてもお酒を飲まない人にとってはなんのことやら、だろう。少し説明させていただくと、まずジンというお酒、日本では欧米ほどなじみはないかもしれないが、実は世界4大スピリッツ(ジン、ウォッカ、テキーラ、ラム)のひとつである。スピリッツとは蒸留酒のこと。
ジンそのものを飲んだことはなくても、カクテルの王様と呼ばれる「マティーニ」に使われているのがジンであることを知っている人はいよう。
さて、クラフトジンの「クラフト」の意味だが、先行しているクラフトビールと同じ、「作り手のこだわりを反映させた個性的なお酒」を意味する。
クラフトジンブームは、2015年頃からイギリスを中心に起こった。もともとジンはジュニパーベリーという針葉樹の実で香りづけしているが、クラフトジンはそれに加え、さまざまなハーブや香木、果物の皮、スパイスなど(ボタニカルと呼ばれる)を使用して個性を引き出している。
今回訪問した「エシカル・スピリッツ株式会社」は、そのクラフトジンを造っているベンチャーだが、ただのクラフトジンメーカーではない。
酒粕をはじめとする未活用素材からジンを製造する、ユニークな酒メーカーなのだ。
「エシカル=ethical」とは、直訳すると「倫理的に」という意味だが、これが転じて「人や地球環境、社会、地域に配慮した考え方や行動」という意味がある。(一般社団法人エシカル協会より)
「酒造り」にどうエシカルの概念を取り入れているのか。COO小野力氏に話を聞いた。
小野氏がCEOの山本祐也氏と共にエシカル・スピリッツを設立したのは2020年のこと。小野氏によると、実は同社のコンセプトである「循環経済を実現する蒸留プラットフォーム」を目指して創業されたわけではないという。
もともと山本氏は日本酒のセレクトショップを経営しており、多くの酒蔵と取引があった。
「日本酒を作る過程で酒粕というカスが出るんですが、副産物としてその酒粕を有効活用できているところはあったとしても、こだわったお酒作りをされているところや、中小企業の酒蔵さんはそれを捨てざるを得ない状況になっているのが非常にもったいないと感じたんです」
古来から酒粕で作られる酒粕焼酎や粕取焼酎と呼ばれる焼酎はあった。しかし、そのまま蔵で眠っているものも多いと知った。なんとかうまく活用できないか。山本氏と小野氏は話し合った。そこで、注目したのが、お酒からお酒を作ることができるクラフトジンだった。
「酒粕がジンに姿を変えたら、消費者の方にも興味を持ってもらえるような商材になるんじゃないかと考えたのがそもそものきっかけでした」。
では、数ある蒸留酒の中でも、ジンにフォーカスした理由はなんなのだろう?小野氏によると2つの理由があるという。
ひとつは、ジンに賞味期限がないこと。
「未活用素材は、腐るものが多いんです。それらを蒸留酒という形に変えることができるということは、半永久的に飲めるもの、期限のないものに生まれ変わることができるということなんです」。
二つ目の理由は、ジン自体の定義が非常に広いこと。
「ジンの定義は蒸留することと、ジュニパーベリーで香りづけをすること。それさえ守っていれば、コロナ禍で我々がやったようにビールで小麦ベースのジンだって造ることができます」。
ジンというお酒の持つ柔軟性に価値を見出したわけだ。
こうして誕生したのが、同社の代表的なエシカルジンシリーズ「LAST」だ。
「未活用のままだった酒粕から生み出された酒」という異色の存在であったにも関わらず、評判は上々。「飲む香水」と評されるほどの芳醇な香りと、華やかで優しい味わいが評価され、英国のIWSC2021(International Wine and Spirit Competition)でのGOLD AWARDSを始めとする数々の賞に輝いた。
「LAST」が評価された理由について小野氏は、「味と品質」と分析する。
「どれだけマーケティングや完成までのストーリーが良くても、決して取れる賞ではありません。我々が初期の段階から最も大切にしていることは品質。捨てられてしまうものや未活用の素材をうまく活用してそれらがこんな製品になるんですよ、というストーリーを届けることも大切ですが、我々がお届けしているのはあくまで嗜好品。最終的には品質だと思っているので、それを一番大事にしています」。
「味と品質」を徹底的に磨くため、実験や試作の回数は他のメーカーよりも多く行っているという。徹底した品質へのこだわりが、これまでの評価につながっていると自負している。
「隠れた才能をステージへ」を掲げ、廃棄素材を再利用した酒造りに注力するエシカル・スピリッツ。社名にもある「エシカル」だが、社会にはどの程度認知されているのか。
電通の調査によると、「エシカル消費」の名称を知っている人は41.1%に達しているが、意味まで知っている人は6.9%にとどまっている。
消費者にエシカル・スピリッツの製品の背景にあるストーリーは理解されているのか尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「我々としては、理解した人だけに楽しんでほしいなんてことは一切ないんです。逆に言うと、そのストーリーを知らない方でも美味しいと思って飲んでくだされば、それでいいと思っているんです」。
まずは、「ジンの世界」に入ってもらいたい、ということのようだ。
エシカル・スピリッツのジンを飲んでみて、「なにこれ、すごく美味しいね、どこのメーカーのだろう?」と、まずは興味を持ってもらう。裏ラベルを読んだら、「え、こんな作り方しているんだ、面白いねー」。
そんなダブルのサプライズを与えられたらいいと小野氏は話す。
「社名に『エシカル』と入っていてもそれが全てじゃなく、あくまで我々のストーリーのひとつであって、根底はやっぱり美味しいかどうか、好きかどうかで判断してもらえるようなメーカーになりたいです」。
エシカル・スピリッツの事業展開は酒を「造る」に留まらない。同社が運営する「東京リバーサイド蒸溜所」(東京都台東区蔵前)は、バーダイニング『Stage』を併設している。
評判を聞きつけインバウンド旅行客も数多く訪れる。この地は、古くから「ものづくり」が盛んな街でかつ米どころでもあった。蒸留所にはぴったりの場所なわけだ。
エシカルな酒造りの先駆者として、月に一度は必ず試作品を造り、絶えず新作の酒をサブスクリプション契約のユーザーに送っているという。そのため、創業から3年であるにも関わらずフレーバーの数はなんと50を超えるという。
実はこれまで木を原料にした酒はなかった。木の成分が硬すぎて、いわゆるお酒となりうるセルロースが露出していないことが大きな理由だ。
そうしたなか、国立研究開発法人森林整備・研究機構森林総合研究所の特許技術を用いると、ナノレベルまで粉砕できることがわかった。間伐材などの未利用資源を活用する。
この実験的な技術を量産化のコア技術に変えていくための商業パートナーのひとつとしてエシカル・スピリッツが選ばれた。
図)「木のお酒」製造工程
提供)エシカル・スピリッツ株式会社
「これから実際のマーケットに対してどういう形でものを出していくかを検討して、リリースしていくというのが来年以降の動きです」。
現在、森林研究所がある茨城県つくば市の作岡小学校跡地に第二の蒸留所建設を予定している。
2023年9月から新蒸留所の開発(工事)を行い、 2024年3月に新蒸留所竣工、 2024年秋に製品化に向けた製造開始を予定している。
木の種類はもちろん、樹齢や産地など個々の木によってもフレーバーは変化する。樹齢1000年の木で出来たお酒、なんて考えただけでもわくわくする。
酒造りは製造業。考えうるリスクで最大なものはなんといっても「資金繰り」だろう。
「私たちのビジネスは、お酒を作り、売って、利益が入るまでにタイムラグがあります。しかも、私たちは常時多数のフレーバーを取り扱っています。そのため、投資を分散せざるを得ず、それぞれ回収するためにどのようにブランドを伸ばしていくのか、常に考えなければなりません」
そう小野氏は話す。
今のところ、売り上げは、毎年200%の成長率を誇る。また、最近始まった海外輸出にも期待がかかる。
もうひとつのリスクは縮小するアルコール市場だ。日本のアルコール市場は1996年をピークに減少の一途だ。
アルコールの消費が右肩下がりな理由はいろいろあれど、近年取りざたされているのが、「ソバーキュリアス(Sober Curious)」な人たちが増えている、という指摘だ。日本語に訳すと、「飲めるけどあえて飲まない」生き方。それがかっこいいと思う層が増えているというのだ。
図)酒類課税数量の推移
出典)国税庁「酒レポート」令和5年
この点を聞いてみると、日本のアルコール市場は二極化する、と小野氏は断言した。
「アルコールに対してリスペクトを持って飲む方は増えていくと思います。製法含め、アルコールを心から楽しみたい、ストーリーを知りたい、だから飲む、というようなお客さまは減らないと思います」。
一方で、アルコールをアルコールとして消費する消費者の数は、どんどん減っていく、とも。
「我々としてはアルコールを好きでいてもらっている方に対して、常に刺激をお届けできれば、生き残ることができるのではないかなと思います」。
そう小野氏は力強く語ってくれた。
「エシカルなのに美味しい」が「エシカルだから美味しい」に変わる日まで、エシカル・スピリッツの挑戦は続く。
お客さまの声をお聞かせください。
この記事は・・・