インボイス制度導入でどうなる? 税務調査の方針と留意すべきポイント
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カーボンニュートラル社会実現の潮流の中、自動車メーカー各社は電気自動車の開発にしのぎを削っている。ただでさえ競争が厳しいガソリンスタンド業界において、勝ち残りのため、ユニークな取り組みをしている会社が神奈川県横須賀市にあるという。
湘南菱油株式会社3代目を継いだ大庭大氏に事業の現状を聞いた。
大庭氏が挙げた業界にとっての一番の問題は「設備の老朽化」だ。
近所のガソリンスタンドが続々と廃業しているのを実感している人は多いだろう。原因はガソリンの需要減だ。背景にはHV(ハイブリッド車)の普及がある。すでに新車販売台数の約40%はHVになっている。ガソリン車は約50%弱で、いずれシェアは逆転するだろう。
となると、いきおい給油の回数が減るのも当然だ。月に2回来てくれていたお客さんが、HVに乗り換えたとたん、2カ月に1回来るか来ないかという状況になる。これではガソリンスタンド経営は立ち行かない。廃業に追い込まれる経営者が増えても不思議はない。
しかし廃業するといっても、40、50年前に建てられたガソリンスタンドの場合、地下のタンクが老朽化しており、土壌が汚染されていることが多い。再開発や転売するためには土壌改良をせねばならず、そのためには数千万円の資金がいる。お金が用意できないと、立ち往生することになる。
車の環境性能が高まることは必然だが、同時にガソリンスタンドは従来のままでは売り上げが減り、経営も立ち行かなくなる。実際、ガソリンスタンドが閉店したままの状態で放置されていることも珍しくない。「経営を続けても廃業しても、どっちに行っても地獄」(大庭氏)という状況なのだ。
ガソリンスタンド業界は思ったより厳しい逆風にさらされている。
「20~30年後、クルマは全部EV(電気自動車)になっているかもしれない。その時、この業界はいったいどうなっているのかと思う若者が増えています。これでは後継者は育ちません」
かつて全国で6万あったガソリンスタンドは、今では半分の3万を切っている。危機的な状況なのだ。
湘南菱油は今年70周年を迎えた。ここまで会社が存続できたのも「地域の方のご愛顧のおかげ」だと大庭氏は言う。その思いを一層強くしたのは東日本大震災が起きた時だった。
震災直後何が起きたか。すべてのガソリンが東北に向かい、東京電力管内では計画停電が起きた。ガソリンスタンドには長蛇の列ができた。湘南菱油は、非常用発電機、救急車、パトカー、ゴミ収集車、老人ホームから病院に人工透析を受けに行く人を運ぶ車・・・社会に必要なあらゆる場所にガソリンを必死に配った。極めつけは3月12日午前2時、下水処理場の非常用発電の燃料が尽きるとの情報が入ったことだ。このままだと下水が逆流し市内に流れ込む、となった時、米軍基地の油を自分たちのタンクローリーに積んで運んだという。危機一髪だった。
それまでガソリンスタンドの将来には悲観的だった大庭氏。考えが180度変わった。
「ガソリンスタンドはなくてはならない仕事なんだとすごくプライドを持つようになりました。当たり前の暮らしを守る使命が自分たちにある。しりすぼみになって会社が終わらないように、新しいBtoCのビジネスを今のうちから考えてトライしていこう」
そう決意した。
12年後の2035年にガソリン車は新車販売禁止になる。ガソリンスタンドにとっては激震だが、時間が区切られている分、その時まで猶予がある。
「終わりが区切られているのはラッキーだと思う。あと12年間のうちにいろんなことにトライしていかなければいけない」
そう大庭氏は確信した。
そして、2020年からコロナ禍が社会を襲った。人の移動が無くなり、無論売り上げは打撃を受けたが半分までは減らなかった。それよりも、移動手段としての車の役割が見直された事は収穫だったと語る。
「人が動くことを手助けすることが私たちの仕事」と改めて自覚した。
もともと、エネルギーを通して地域を活性化したい、と思っていた大庭氏。葉山町のガソリンスタンドで地元農家の野菜を販売して収益を地域団体に寄付したり、キッチンカー運営者にガソリンスタンドの場所を提供したりしていた。
そうした中でのコロナ禍。葉山町の丘陵地にある会議・研修施設である湘南国際村センターが新型コロナウイルス感染者の内、無症状者や軽症者の受け入れ施設となった。2020年4月のことだ。何かできないか。そう考えた大庭氏は、センターに缶詰になっている医療従事者に地元有志らから弁当を届けるなどした。
若手の農家が野菜を湘南菱油のガソリンスタンドで売り、その収益で町のお弁当屋さんに弁当を作ってもらった。
「閉塞感が漂う世の中で、少しでも笑顔になれたら良いなと思ってやりました。コロナでたまたま葉山に来た人達が、いつか、『違う形で葉山に行ってみよう』と思ってくれれば、小さいけど経済効果につながるかもしれない」
そう語る大庭氏。
「なんかいいよね」とみんなが感じる種を撒くことで地域の活性化を目指す。
ガソリンスタンドはどの会社が経営しているか、外からは分からない。「ENEOS」の看板を背負っているガソリンスタンドはあまたあるが、そのスタンドを湘南菱油が経営しているかどうかはお客さんには分からない。そもそもこの業種、差別化しにくいのでは?
「これは答えがないし、お客さまに聞くこともできない。でも年に2回、3月11日と、阪神大震災の日は、必ずエネルギーの安定供給に対して責任を持つ、という決意を新たにすることにしています」
すると社員からいろいろなアイデアが出てきた。
例えば、バイクのお客さまに飴を配るサービス。今まで車のお客さんしか見ていなかったが、「バイクのお客さんもケアしたい」という従業員のアイデアだった。すぐに採用した。
ビーチクリーニングも辻堂のガソリンスタンド店長のアイデアだ。自分たちが環境に影響を与えているのだから、少しでも地域のためになることをやりたいというのがその理由だった。お客さんと一緒に月に1回のペースでやり始めた。
「その社員は海洋プラスチックや流木を使ってアートを作り始めました。そうしたらそっちの道に進みたいからって会社辞めちゃった(笑)。社員のやりたいことを見つけてあげられてよかったと思っています」
そう大庭氏は微笑んだ。
大庭氏が行った社員の意識改革を狙った方策のひとつにオフィスのフリーアドレス化がある。
たしかに開放感あるオフィスはグリーンも多く、ガソリンスタンドを営業している会社のイメージとはかけ離れている。社長の個室もないため、オープンスペースでインタビューをしていたら、隣の一角でパソコンに向かっている社員がいた。聞けば、専務だという。
なんと専務の着ていた服は「作務衣(さむえ)」。自由な社風がうかがえる。会議も廃止。電話もなければ、ゴミ箱もない。資料は全てデジタル化し、ペーパーレスを実現した。
それもこれも社員に危機感を持ってもらいたいからだと大庭氏。
「何をしているかじゃなくて、どんな結果を生み出せるかが、ポイントだと思う。自分たちの発想でやらないと本当に商売なくなっちゃうんで」
結果、去って行った人もいた。そして、40代メインの若い会社になった。
2030年カーボンニュートラルを目指す日本。今や、EV、HV(ハイブリッド車)、PHV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)、あらゆる環境車が走っている。そのどれも無視はできない。湘南菱油では、一部のガソリンスタンドにEV用急速充電器を設置した。ガソリンを売る場所に充電器?と思われるかもしれないが大庭氏は大真面目だ。
「エネルギーを通して地域の人たちの心を豊かにするというミッションが大前提ですから、ガソリン車がEVやFCVにとって変わってもエネルギーは必要なんです」
だから、急速充電器だろうが、水素充填器だろうが、地域の社会インフラ、エネルギーインフラとして必要なら設置するつもりだ。
今年は創業70周年。さらにその10年後の80周年を目指し、変化するためにアクションを起こすこと、チャレンジすることが重要だと考えている。そのために「湘南ビジネスチャレンジ」というプロジェクトも立ち上げた。
「佐島」が持つブランド力をうまく生かした「佐島ビレッジ」プロジェクトもそこから生まれたアイデアだ。先代から持っている佐島の土地の一角を人が集まる場所にするものだ。
「地域の人たちからエネルギーをもらいながら、そのエネルギーを地域の人たちに還元していく、そんな仕組みができればいいよね、と話しています」
大庭氏が頭に描いているのが「ミツバチ」だ。
ミツバチが蜜を求めて飛び回る花は、いわば地域のお店。ガソリンスタンドが、地域のハブとしてそうしたお店を繋げる役割を果たせたら面白いのではないか。大庭氏はそう考えている。
もうひとつの試みが環境に配慮した食材や雑貨の販売だ。その場所をガソリンスタンドの中に設けた。「エコルシェ5302」と名づけられたその場所は、ガソリンスタンド(湘南菱油の日の出町SS)のサービスルームの一角にあった。もともとお客さんの待合コーナーだったが、そのスペースを何かに活かせないかと考えていた大庭氏が、サステナブルな生活を提案する活動を行っている「エコルシェ横須賀」に声をかけて実現した。
環境に配慮した日用品や雑貨のほか、近隣の農家や製菓店に、「個包装しないなど、なるべくゴミを出さない売り方」を条件に出店してもらうことにした。また、来場者にも保存容器などの「マイ容器」を持参してもらい、ゼロウェイスト(ゴミの出ない)な買い物体験をしてもらう。
5302という数字は「ゴミゼロに」の語呂合わせだ。2035年の”ガソリン車新車販売禁止に向け、有限な資源である石油エネルギーを扱うガソリンスタンドとして何をしていくべきなのか。そして環境汚染抑止のために「2035年から逆算して今何ができるのか、一人ひとりが考えてみようという」という意味を込めた。
並んでいる商品はすべてエコルシェ横須賀代表の神馬彩夏さんが選んだもの。「横須賀で一番エコなマルシェ」を目指し、地域開放型シニアホーム「マゼラン湘南佐島」にて「エコルシェ横須賀」を毎月開催してきた。
オーガニックなナッツ類や地元の野菜、繰り返し使えるみつろうラップなど、普通のお店ではお目にかかれないようなエコな商品がぎっしり。見ているだけで楽しくなる。神馬さんによると、「こういうお店が無かったからうれしい」とわざわざ都内から買い物に来る人もいるとか。一つ一つの商品が持つストーリーを神馬さんが丁寧に説明してくれるので、お客さんも自分自身が地球環境をよくすることにかかわることができると実感できるだろう。
エコとは対極にあるガソリンスタンドの取り組みとしては異色だが、まさに大庭氏の狙い通りだ。
まだ46歳の大庭氏。父親からは「お前が大庭家の長男で、この会社を継いでいくんだ」と子どものころから刷り込まれてきたという。その反動か、小学5年生の長男には何も言っていない。
「誰が継ぐかより大事なのは、会社が地域に対してどんな役割や使命を果たしているかです。会社を長く継続することが素晴らしいことなのではなくて、地域の人たちから必要とされる企業になるべきだと思っています」
だから承継の形にはこだわらないと大庭氏。60歳まであと13年。息子に継がせるのか、それとも社員の中から後継を選ぶのか。はたまた第三者に譲渡するのか。それは今考えることではない。
「地域の人たちに信頼を得て必要とされる企業であるかどうか」
それが大事だと大庭氏は繰り返した。
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