インボイス制度導入でどうなる? 税務調査の方針と留意すべきポイント
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写真)DOJIMA SAKE BREWERY UK & CO. の酒蔵
ⒸDOJIMA SAKE BREWERY UK & CO.
英国で日本人として初めて日本酒の醸造所を作った女性がいると聞いた。なんでもケンブリッジにあるその土地は10万坪(東京ドーム8個分)あるという。しかも、販売している酒の価格が1本15万円もするというのも驚きだが、直近では、その酒のNFT(非代替性トークン)が888万円で落札されたというニュースまで。一体、経営者はどんな人なのか。丁度、日本に一時帰国しているというので早速私たちは大阪に飛んだ。
その人の名は橋本清美さん。英国の法人、DOJIMA SAKE BREWERY UK & CO. (堂島酒醸造所)のCEOという肩書だ。
私たちが指定された大阪・北浜にあるビルに着くと、清美さんはお嬢さんの良子さんと一緒に迎えてくれた。
清美さんのご主人、橋本良英さんは創業200年の寿酒造(大阪府高槻市)の次男として産まれた。兄とともに酒造りに従事してきたが、1997年に独立し、日本で9番目の地ビール製造会社、堂島麦酒醸造所を設立した。地ビールの製造・販売、コンサルティングなどを行っていた。
ある時、人生の転機となるような依頼が舞い込んだ。ミャンマーの国営ビール会社からだった。夫婦はミャンマーに家族とともに移住を決意する。その決断は並大抵のことではなかったろう。
「たまたま偶然に知り合いの地ビールの会社が、もう一つの工場を閉鎖することになって、いらなくなるプラントと向こうが欲しいプラントが全く同じだったのです。もうこれはご縁でしかないなと思い、ミャンマー行きを決断しました」
とはいうものの、橋本家には6人の子どもがいた。まず清美さんがやったのは、現地で住むところ、学校、病院の3つがちゃんとしているか調べること。何とか目途がついた。
「子どもの大事な時期に、色んな経験をさせてやりたい、これからはグローバルに子どもを育てたいというのがありましたね」
当時一番上の子が高校1年生、一番下の子はまだ1歳。2001年のことだ。そして14年間ミャンマーに住んだ時、また転機が訪れる。
上の2人が日本の大学へ進学。2番目は酒造りを学びに東京農業大学へ入学した。3番目の息子がイギリスの大学に入ったのが契機になった。
ちょうどミャンマーが国を開こうとしているタイミング。外資が一気に流入し、治安も少しずつ悪くなってきた。それなら、ということでイギリス行きを決めた。
それにしても何故イギリスに酒蔵を作ったのか。
それにはミャンマーでの14年間が関係している。多くの海外の人とお付き合いする中で、文化の違いを実感する日々。そんな中、日本文化の良さを再認識することが多かった。例えば、「和をもって貴しとなす」。こんな独特な日本文化を世界に広めていきたい。それが究極的には世界平和につながるんだ。そんな気持ちをずっと持ち続けていた清美さん。
イギリスに住み始めて気づいたことがある。日本酒がほとんど広まっていないのだ。日本酒造りは日本文化そのもの。それなのにちゃんとした日本酒がレストランにない。
それなら、日本酒をこの地で造ったらどうだろう?そう思い立ったら清美さんの行動は早かった。
まず家族会議を開いた。自分は「日本を発信するアンバサダー」になると宣言した。そのために、日本酒をこの地で造る、と。
「あなた方は親の資産を当てにしてるかもしれないけど、お母さんたちは日本文化を世界に発信することを最後のミッションとしてやろうと思う。資産を全額注ぎ込むつもりだけど、どう思う?」
すると、6人の子どもたちは満場一致で賛成した。ものの5分もかからなかったという。
DOJIMA SAKE BREWERY UK & CO.は、ロンドンから北に約100㎞、学園都市ケンブリッジ郊外、旧荘園領主の城「フォーダムアビー」が建つ地にある。
実はこの場所はもともと酒蔵の候補地ではなかった。観光気分で立ち寄っただけだった。そこで清美さんは1本の大きな木にめぐり合う。もともとエネルギーを感じたくて木によく抱きつくくせがある清美さん。今回もそうした。すると・・・
「電気が走ったように『ここだよ』って言われたんですよ!(酒蔵を作るのは)ここなのかって単純に私、思ったんです」
この地に酒蔵を建てるには、歴史的建造物であるお城ごと土地を買わないと認可は下りない。あなた方の予算もオーバーします。絶対、無理です。現地のコンサルタントは猛反対したが、清美さんは後には引かなかった。これが「フォーダムアビー」との運命の出会いだった。2015年、10万坪の土地を購入した。
さぁ、そこからが大変だ。まず住民の理解を得なくてはならない。説明会を幾度となく開き、要望を丁寧に聞き、一つ一つ対応していった。そして最大の難関ともいうべきお城の修繕に取り掛かる。最終的に裁判所から開発許可を得たのは2018年。外国人の投資案件としては珍しい全員一致だった。その時の裁判官の言葉が忘れられない。
「許可申請を出すまでの事について、地元の住民からも行政からも国からも逐一報告を聞いています。あなた方は外国人だけども、開発許可を取るプロセスについては見本となるべきものでした」
酒蔵は完成した。2018年になっていた。
DOJIMA SAKE BREWERY UK & CO. が造っている酒は2種類。純米酒「DOJIMA(堂島)」と、それをもとに造る「CAMBRIDGE(懸橋)」だ。
「DOJIMA(堂島)」は、厳選された山田錦と英国フォーダムの地下水を使用して造られる純米酒。「CAMBRIDGE(懸橋)」は、最終工程で通常水を使うところに自社の純米酒を用いて仕込んだ「貴醸酒」だ。セラーで寝かせて3年物のヴィンテージとして去年売り出した。どちらも価格を1,000ポンド(約15万円)とした。
目指しているのは世界最高峰のSAKE。特に「CAMBRIDGE(懸橋)」はセラーで寝かせることが前提だ。毎年価格も上げていく予定だ。
どちらの酒も初めから、フランス料理、イタリア料理、中華料理、ステーキなど、お肉料理をターゲットにして開発された。だからこそ、2つともインパクトのあるテイストにこだわったという。
そして、清美さんが目指すのは真の「ハイエンドビジネス」。日本と海外との文化の懸け橋になる。お酒の名前にもこめたその思いを実現するために考えたのが、「メンバーシップ(会員)制」だ。
同社のお酒を購入した人は、3年間のフォーダム・メンバーシップを手にする。メンバーになると、敷地内の日本庭園や歴史あるお城を見学することができる。会員制にする理由はずばり、「日本文化を発信するときのメンバーを囲い込む」ためだ。
「これまでも、こちらの富裕層、ハイエンドの人達を日本に連れて行くことはやってきました。そして、日本の人達にも世界最高峰の社交界を味わっていただこうと思っています」
日本から来るメンバーに対しては、貴族の人との交わりや、英国王室が主催する競馬の祭典「ロイヤル・アスコット」を超VIPルームで楽しむことなど、スペシャル感満載のイベントを企画中だ。
DOJIMA SAKE BREWERY UK & CO.の酒の製造能力は年間20,000本。10,000本はレストランに卸す。販売時にお店に課す条件は2つ。売値は1,000ポンドを下回らないことと、年間10本が上限だということだ。清美さんが自ら選んだ世界の一流レストラン1軒1軒が、とびっきりの上顧客、10人だけに売る。レストランのオーナーには、SAKEだけが持つ特別な意味を必ず説明するという。
「2000年の歴史の中で現在でも酒蔵というのはお神酒(おみき)を作るために存在している。お神酒とは、神様に献上するお酒であり、神様と人間をつなぐためのもの。私たちはそのお下がりをもらっている。日本のSAKEとはわたしたちの特別な日のために作られているものなのです」
そんなストーリーが世界に広まった時、人々は
「特別な日にはジャパニーズSAKEを飲むらしい」
そう思うだろう。
そうなってこそ、初めて日本酒が「世界の日本酒」になったといえるのではないか。清美さんはそう考えている。
清美さんの企みは尽きることがない。
メタバースで酒蔵を立て、NFTで酒を販売しようというのだ。その先には、「酒スパ」の計画もある。
「これ(酒スパ)は世界初ですね。そして、ここにはお城もある。1週間くらいのカリキュラムを組んで、忍者エクササイズとか禅メディテーションなどを考えています」
夢物語ではないのだ。清美さんの話は単なる思いつきなどではない。全ての事業計画が頭の中に描かれている。世界のセレブがプライベートジェットに乗ってフォーダムに来る日はそう遠くなさそうだ。
清美さんの日本文化発信事業はまだ端緒についたばかりだ。大きなリスクを取って、ファーストペンギンとして酒蔵をイギリスに作った。
承継に関しては、
「日本発信事業の価値を上げていくんだという志を同じくする人が協力してくれるのなら、このまま継いで行けたらいいのにと思っています」
無論、それが子ども達だったら一番いい、とも。
事実、子ども達から色々と事業のアイデアも出ているという。日本と世界との懸け橋として、DOJIMA SAKE BREWERY UK & CO. は、これからどうその役割を果たしていくのか。清美さんの描くハイエンドビジネス、いよいよ本格始動開始だ。
編集部注) 国税庁によると、「日本酒」(Nihonshu / Japanese Sake)とは、原料の米に日本産米を用い、日本国内で醸造したもののみを言い、「日本酒」との呼称は地理的表示(GI)として保護されています。海外産も含め、米、米こうじ及び水を主な原料として発酵させてこしたものは「清酒」(Sake)といいます。したがって、DOJIMA SAKE BREWERY UK & CO. で醸造されたお酒は、「Sake」もしくは、「清酒」が正しい呼称ですが、記事内では国内で慣れ親しんだ「日本酒」の呼称を採用していることをお断りします。
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