日本の“食”を支える大切な農業 その未来を肥料と行動力で守りたい 株式会社服部 専務取締役 服部 直美氏
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創業は1875年(明治8年)、わさび漬の元祖、田丸屋本店。工場の2階で気さくに出迎えてくれた5代目の望月社長は長身で都会的な雰囲気だった。
静岡はわさび栽培発祥の地、わさび県として知られる。その場所が有東木(うとうぎ)だ。
写真)静岡市有東木にある「わさび栽培発祥の地」の碑
出典)株式会社田丸屋本店
2年前世界農業遺産として認証された。世界的に見てもきれいな水を大量に使っていること、畳石式といって階段式になっているユニークな環境で、自然と共に作られていることが評価を受けた。
写真)畳石式のわさび栽培畑
提供)田丸屋本店
そのわさび県の代表的な特産物「わさび漬」は田丸屋の長年の主力商品であったが、それが今窮地に陥っているという。
わさび漬の需要が減少しているその主な理由を聞いて納得した。ずばり、米食の減少がその主因だという。
「わさび漬は漬物カテゴリーです。漬物と言うとご飯のお供として昔から馴染みのある食材でしたが、洋食化で需要が減少しました。また漬物は塩分が他の食材に比べてすごく高いわけではないのですが、一時期味噌汁と漬物は塩分が多いと言われ、健康にあまりよろしくないというイメージがつき始め、トレンドが変わりました」
こうしてじわじわ需要が減っていったわさび漬。それに追い打ちをかけたのがコロナ禍だ。
「世界的にもわさびは有名になっていたので、コロナ禍前はインバウンド含め多くの観光客のみなさんに立ち寄っていただいていました」
静岡には地の利がある。首都圏からは日帰りができるし、関西圏からもそれほど遠くない。中部地方の北の北陸まである程度交通の便がいい。観光需要は取り込みやすかった。
「コロナは本当に誰も予想つかなかった。売り上げの4割ぐらいが観光に頼っていたので非常に厳しい状況になりました」
こうした状況に手をこまねいているわけにはいかない。望月氏は陣頭指揮を取り、会社を挙げて商品開発に取り組んだ。
「この厳しい時期にどのマーケットにフォーカスすべきかを考えたところ、地元の需要をどうやって取り込むかをメインにすることにしました。地元のお客さまに愛されて、それが広まってこそ商売の基本だという原点をもう一度思い返したわけです。会社にとって非常に重要な機会になりました」
まずはわさびという食材にどれくらいのインパクトがあるか。その強みをどうやって活かしていくかという原点に立ち返った。
「わさび漬というのはうちのメイン商品でしたが、それはわさびを活用した1アイテムでしかない。多岐にわたるわさびの強みと魅力をどうお客さまに提供できるかをまず社内で再認識しました」
わさびの強みとは、まさに日本を代表するユニークな香辛料であることだろう。
「わさびの魅力を多様に引き出す商品を提供すれば、わさび漬の売り上げが落ちてもうちの会社は必ず生き残る」そう望月氏は考えた。
「静岡の地で400年前に日本で最初にわさび栽培がはじまったということ、これは非常に強いストーリーでもありますし、『静岡』の力を発信していくことはそこにある個々の地域の力にもなっていく。わさびの多様な魅力をどうやって発信するかに力を入れていこうと決めました」
まず取り組んだのは、食育における学校との連携だ。また、地元の人を招待しての感謝祭を行ったり、わさび短歌集を募集したり、わさび漬教室も開催した。
「色々なわさび料理を体験していただこうと思い、静岡駅のそばに『造りの山葵』というレストランも開きました。地元での認知度ももっと上げていきたいな、と」
わさびはこれまで欧米ではなじみがなかった。唐辛子系とは違って、鼻にツンとくるのが特徴的なわさび。ユニークな成分や効能もあるという。
「よく知られているのは、抗菌機能や抗酸化作用です。胃がんの原因になるピロリ菌への効果や、骨粗しょう症の予防にも効くといわれています。いろいろな効果があることはわかっているので、健康のためにもわさびを食べていただきたいですね」
ただ、わさびの辛味は揮発性が特徴で、熱に弱い。したがって、唐辛子と比べてメニューの展開が限られるという問題がある。しかし、脇役であるわさびは様々な主役を引き立てる事ができる。ということは、アイデア次第で可能性は無限にある、と望月氏は力をこめる。
望月氏の声かけで、社内で次々とアイデアが生まれ始めた。
ただし、アイデアが尖った商品は、消費者に使い方から認知を広げていかないといけない。面白い商品をつくればすぐに売上に繋がるというものではないのだ。食事のシーンを提案する必要がある。
「若い人にどう使っていただくかが一つの課題です。パン系とか麺系とかの食品にデコレーション的な形で使う形で展開して、インスタグラムなどにアップしてもらえたらいいなと思っています」
わさびらしからぬその見た目からすでにSNSで話題となっていた「わさビーズ」に、「ラー油ビーズ」や「ゆず胡椒ビーズ」もラインアップに加えた。洋風の料理にそえることで「映える」シーンが演出できる。
出典)株式会社田丸屋本店
そして今、「ユーチューバー」ならぬ「チューバー」と呼ばれる人が増えているという。チューブ入りの香辛料で料理にいろいろな味わいをつけて楽しむ人達を指す。田丸屋は、そうした人達向けの製品も開発した。(「わさびレモン」「わさびゆず胡椒」)
出典)株式会社田丸屋本店
「例えば家でたこ焼きパーティーをやる時、色んなチューブ入り商品でちょっとずつたこ焼きに味わいをつけるとか、コロナ禍でもこんな組み合わせでこんな味わいがあるんだ!と見つける楽しみがあることをアピールしたいですね」
さらに新たなキーワードも打ち出す。それは、「腸活」。女性社員のアイデアだ。
このように女性客目線で生まれたのが、調味料「かつおのUMAMIわさび」。さとうきび由来の水溶性食物繊維「イヌリン」を多く配合して、腸内環境を改善する。一緒に食べると腸活に繋がるという健康志向の商品。いわゆる「腸活」に励む女性がメインのターゲットだ。
出典)株式会社田丸屋本店
また、海外での知名度向上も目標となっている。
「昔はわさびというのは世界共通語ではなく、それこそジャパニーズホースラディッシュなどと呼ばれていたのですが、今は”WASABI”という言葉の認知度が上がってきています。世界のシェフも、こんなにユニークな辛みがあるのか、と非常に興味を持って扱っていただいています。洋風のものも取り入れて、試行錯誤しています」
コロナが産んだ意外な需要にも注目した。それが「キャンピング」だ。
「色んな香辛料を混ぜ込んだ”クレイジーソルト”みたいに、色んなものにかけてみて味の変化を楽しむのが流行です。消費者もいかに内食を豊かにするかにシフトしているような気がします」
そこで開発したのが、「WASABBQ(ワサビービーキュー)~太陽と青空のわさび~」。BBQ(バーベキュー)用のわさび風味のふりかけだ。わさびと数種類のスパイスに加えて鰹と昆布だしをブレンドした。
出典)株式会社田丸屋本店
コロナ禍だからこそ様々なアイデアも生まれた。また、静岡県産のわさびだけを使っていることや、無着色無香料であることなどから、その良さが再認識され、コンビニのある商品で使ってもらうようにもなった。
今後の見通しは決して楽観視できるものではないとしつつも、望月氏はコロナ禍を前向きにとらえている。
「観光が戻ればもっとプラスになるとは思いますが、予想としては7割位ではないでしょうか。静岡のビジネスマンが東京に行く時に静岡の観光品を買っていくのですが、その需要も多分6割程度しか戻らないでしょう。でもコロナ禍で基本に立ち返ったことは、必ず2022年以降に繋がっていくと思っています」
事業の承継について、望月氏の考えは先進的だ。
「親族の中には何人か候補がいますが、マネジメントを親族がやるべきかどうかも含め、時代に合わせて考えていくべきだと思っています」
念頭にあるのは「資本と経営の分離」だろう。一方、企業価値の向上が事業継続性に不可欠だと説く。
「中小企業はコロナ禍含め、資金面もしくは人材面、設備面などで余裕がないので、どのような形で会社が進んできたのか確実に記録を残すことが会社の価値と事業の継続性に繋がると思っています」
同時に、人材の育成や組織の活性化にも力を注ぐ。中小企業は規模が小さく、組織内で競争原理が働きにくいという問題がある。
望月氏が目をつけたのは、地元の中小企業との連携だ。
「(人材不足は)地方の中小企業の共通の悩みです。商工会議所とか、経済団体とかの異業種交流会で、他の企業はどういうふうに頑張っているかなど、情報交換しながら色々なプロジェクト、コラボレーションなどを通して人材を育てていくのが地方のモデルかなと思っています」
良い人材の確保については、Uターンの若手を積極的に採用することに取り組む。
「最近は、地元に戻って働いてみたいという若い人も増えています。ブランド力と企業の理念を明確に示して、戻ってくる人に志望していただけるようにしたいと思っています」
能力主義も重要だ。副業解禁やフリーランスの活用もにらむ。
「終身雇用はもう古い。副業的な形をどう取り込むか、フリーランスなど外部の人にどう協力してもらうか、雇用形態や報酬のバランス含め、これから考えていきたいと思っています」
コロナ禍をてこにして、商品開発力、マーケティング力をアップさせ、さらには働き方改革を通して組織の強靱化にも取り組む。
150年近く続く老舗企業はコロナのはるか先を見据えていた。
お客さまの声をお聞かせください。
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