父が築き守ってきたプロテック 「人のために」の理念を貫きたい プロテック株式会社 代表取締役 小松 麻衣氏
- 40-50代
- 北海道・東北
- 女性経営者
- 後継者
神戸、大阪エリアのホテルの運営委託業をおこなう「日本都市ホテル開発株式会社」。年間50万人の利用客を誘引するホテルグループとして、ホテルビジネス界に確固たる地位を築く同社だが、かつては倒産寸前ともいえる状態だったという。そんな最悪な状況を立て直し、会社を再編させたのが同社の代表取締役である清水優氏だ。
お父様の急逝により、家業であるホテル運営業を突然継ぐことになった清水優氏(以下 清水氏)。当時は生命保険会社に勤めており、ホテル業界とは全く違う環境で働いていたという。
「父が亡くなったのが2011年の8月です。3カ月後に入社してすぐ代表になりました」と予期せぬタイミングで事業承継をした清水氏だが、入社してから分かった会社の財務状況にがく然としたという。
「表面的に売上・規模が拡大していたように見えましたが、PL(損益計算書)上は毎月赤字。当時の負債は12億円にも上っていたんです。なんとなく会社の状況が悪いかもしれないな、とは思っていたのですが、想像以上でした」
また、社長に就任した翌月には、一部のメガバンクから債務超過を言い渡されてしまい、即時返済を求められるという、絶体絶命の状況に陥ってしまう。
「一部は定期預金を解約して返済し、金額の大きかった社債については、今後の収益見通しをその銀行へ説明して、通常の返済で対応しました。そんな状態ですので、銀行からの新たな借り入れもできません。運転資金が回らないときは、他行で借りた分を返済に回していました」
先代の個人保証も引き継いだので、奥様には「最悪の場合、自己破産するかもしれない」と伝えていたという。
倒産寸前の状況にも関わらず、社内の雰囲気には危機意識が全く感じられなかったのも問題だったと清水氏は語る。
「組織のナンバー2である役員ですらも『収益はニの次』という考えだったんです。当時は『とんでもない会社を継いでしまったぞ』という気持ちでいっぱいでした」
前社長である父は、社団法人全日本シティホテル連盟の会長職を永年務め、内閣総理大臣から旭日小綬章を叙勲されている。倒産してしまったら、そんな父の顔に泥を塗ることになる――そう考え、清水氏は会社を立て直すべく、経営基盤をゼロベースから作ることとなった。
会社の業績を黒字にするために清水氏が取り組んだのが、宿泊費の単価の見直しだ。当時は目先の売上を作るべく、安売りに甘んじていた状況だったという。しかし、ただ客室の料金を上げるだけでは、お客様が離れてしまう。そこで単価を上げるべくおこなったのが、宿泊環境を良くする「客室のリノベーション」だ。
「客室の家具と椅子、カーテンを同色系で揃え、統一感やグレード感をアップさせました。また、お客様の臭いに関する口コミが散見されたため、喫煙室のクロスの張り替え、客室全室に加湿機能付き空気清浄機を導入するなど、気持ちよく過ごして頂ける環境づくりに努めました」
その他、照明の交換、共用部分やレストランのカーペットの交換など、リノベーションは細部にまでこだわっておこなわれ、お客様に少しでも価値を感じて頂けるような空間設計を実施していった。
一時的に投資は必要だったが、徐々に効果は表れ、顧客満足度を高めながら単価を上げることに成功 した。その後も収益を上げながら、キャッシュ・フローの範囲内で投資を続けていった。
さらに、サービスの質を高めるべく、社員教育にもメスを入れた。その一つが、清水氏が作成した「クレド(Credo)」だ。お客様への接し方、働き方に対しての理念が掲げられており、いつでも見返せるようにカード化し、携帯できるようにした。
ラテン語で「志」「信条」「約束」を意味するクレドは全部で10カ条あり、スタッフの行動指針となっている。
「口頭だけでは忘れてしまうので、紙に落として伝えることが大事です。壁にぶち当たったスタッフには『クレドを見直してほしい』と伝えています。そこで考え方の視点を見直したり、軌道修正したりしてほしいのです。渡すだけで終わり、ではなく言い続けることが重要だと思っています」
クレドを掲げるようになってから「顧客視点」で、お客様にサービスができるようになった従業員が増えたという。
「まだまだ完璧ではありません。『自分がお客様だったら、どのようにホテルが見えるか?』について従業員に伝え、実践し続けることが、ホテルの価値向上につながると考えています」
また、清水氏は採用方法にもこだわり、それまで多かった中途採用ではなく、一から丁寧に人を育てる新卒採用に切り替えた。そのことで高かった離職率も改善したという。高まるインバウンド需要に対して、外国語学部や留学経験のある応募者を積極的に採用。2018年度には現地の4年制大学を卒業した外国人スタッフも採用した。
「中小企業にはなかなかいないIELTS7.0を取得しているスタッフもいます。外国人スタッフはモチベーションも高く、日本人スタッフにもいい刺激になっているようです」
客室とスタッフ、双方のクオリティを高め、経営の無駄も省くことで、経営基盤を固めていった清水氏。2018年の9月にはついに銀行からの借入金を全て無くすことができた。
数々の改革をおこなった清水氏だが、そのやり方についてこられず、管理職のなかには会社を去った者もいたという。
「当時、去ってしまった人がいるのは本当に残念でした。しかし、残ってくれた人、同じベクトルで頑張ってくれた人は、会社を再建したという自信が生まれ、今につながっていると思います」
(左)インタビュアー:エヌエヌ生命 チーフ・エクスペリエンス・オフィサー 信岡良彦
(右)日本都市ホテル開発 代表取締役 清水 優氏
生命保険会社時代は、法人向けの保険を扱っていたという清水氏。それゆえ経営に関しては前職で培った経験も生かすことができた。
「イメージを大切にする定性的な考えと、具体的な数字が必要な定量的な考え、両方の考えを使って、初めて成果が出ると思っています。サービス業って、数字で表せない定性的な考えが多いんです。しかしそれでも定量的な考えを持ち、指標となる数値を決めて、それをどれだけ伸ばすことができるかが、本当の意味で成果を出すということだと信じてやってきました」
会社の古い仕組みや悪しき文化を捨て、会社再編を成功させた清水氏。次なるステップは「攻めの経営」だという。
「社長に就任してから、『ホップ・ステップ・ジャンプ』という考えがずっと頭にありました。最優先課題であった会社の再編というホップをやっと終え、次は事業拡大であるステップに移行します。神戸だけじゃなく、大阪市内にも事業所を拡大していきたいですね」
倒産寸前ともいわれた会社を引き継ぎながら、できること・すべきことを愚直におこない、結果を出した清水氏。
日本都市ホテル開発株式会社のクレド7条 “私たちは、環境や他人に責任を求めるのではなく、「自分にできることは何か」を考え行動することにより、よりよい結果がもたらされます”という理念を、代表自らが体現してみせてきた。今後さらなる飛躍を目指す清水氏のステップ一つ一つに、ますます目が離せない。
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