父が築き守ってきたプロテック 「人のために」の理念を貫きたい プロテック株式会社 代表取締役 小松 麻衣氏
- 40-50代
- 北海道・東北
- 女性経営者
- 後継者
1932年に織物の産地として名高い京都の木津川で創業した小嶋織物は、織物壁紙やふすま紙の製造販売を手掛けてきた。環境に配慮した天然素材から作られる織物は、サスティナブルで、調湿機能や通気性にも優れ、人の体にもやさしい。ビニール壁紙が当たり前になってしまった今、織物壁紙や織物ふすま紙の文化を守り、その優れた点を知ってほしいと後継ぎ娘の小嶋恵理香氏は、普及や広報に知恵を絞っている。
皇居や日本を代表するホテル、世界的ブランドの店舗や有名シアトルコーヒー店など国内外のさまざまな建築物の壁を彩っているのが、小嶋織物の壁紙やふすま紙だ。
「数年前まで、弊社の社員でさえ、そのような場所に採用されていることを知りませんでした」
大手の壁紙メーカーのカタログに載ってはいるものの、小嶋織物という名前はどこにも書いていない。
「デザイン通りの糸を作るために素材、太さ、形状などを変え、撚(よ)り、染色し、織機で織り上げ、加工の仕上げまで一貫生産できるのが強みです」
自社で最初から最後の工程まで製織することで、小ロットでもこだわりのオリジナル製品を短納期で国内外に提供することができ、建築家やインテリアのプロには知られた存在だ。
「でも日本で年間に使われる壁紙全体のたった0.2%にすぎません。今は、ほとんどが塩化ビニール製の壁紙。もっと一般の家庭にも織物の壁紙やふすま紙を普及させたいのです」
小嶋織物は、「地球に優しく」「人に優しく」を企業理念に掲げ、88年の歴史をもつ。
「織物内装製品は、室内の調湿機能があり、通気性に優れ、吸音効果もあります。天然素材から作られているので、アトピーによいという方もいます。廃材となっても分解され土に返るので、SDGsが喧伝される今、まさに知っていただきたい製品なのです」
女三人姉妹の長女である小嶋恵理香氏は、祖父から「お前は小嶋の後継ぎだ」と言われて育ったという。
「小嶋織物をつなぐためにいいお婿さんを連れてくるんだということを小さいころから洗脳のように聞かされ、自分もずっとそういうものだと思っていました。だからお見合いをして、条件にあった人と結婚するのが当然だと思っていました」
自分に課せられたその使命は必ず果たすから、30歳までは好きなことをして、社会勉強をさせてもらいたい、そう言って東京のテレビ制作会社に就職をした。
「私の限られた時間に自分が何をしたいのかよくよく考えて選んだので、仕事がいくらしんどくても、それさえ楽しくて仕方がありませんでした」
26歳の時に祖母が亡くなった。久しぶりに実家に帰り、葬儀に集まる親族たちと時間を過ごした。
「そのときにふと、小嶋を守るのは私にしかできないんだなと思いました」
30歳までにはまだ時間があったが、お見合いを受けるつもりで帰ってきた。
「父からお見合いのカードはいっぱい用意してあると言われていました。すぐに結婚できると思い込んでいたのですが、そんなに甘いものではありませんでした」
自ら婚活パーティーなどに参加する日々の中で気が付いたことがある。
「家業を継いでほしい未来の旦那さまを探していながら、自分が小嶋織物の説明を全然できないことにあぜんとしました」
家業をきちんと知るために小嶋織物で働きたいと父に願い出た。
「最初は父も私も腰掛けのつもりでした。でも出来上がった織物壁紙を目でチェックする検反の仕事をしていくうちに、どんどん織物にも家業にも愛着がわいてきました」
外の会社で働いた経験もあったからこそ、自社の改善点に気が付くことができた。
「事務所に配属を希望して、織物の原価計算などを教わりながら雑用などもいろいろこなしました。そこで仕事や会社を俯瞰して見ることができました」
この業界は男社会だから、お前に将来の社長をやれとは言っていないという無言のルールに負けたくはないと強く思うようになった。
「私の原動力には、そこを乗り越えたいという気持ちがずっとあるんです」
まず、最初に取り組んだのは、社員に小嶋織物で働くやりがいを見つけてもらうために会社に新しい風を吹かせることだった。
「天皇陛下のいらっしゃる空間や5つ星ホテルの壁や一流美術館に小嶋織物の壁紙が使われているのです。私はそれを知っただけで、ものすごくテンションが上がりました。今まで、そういう情報を働いてくれている人に伝えてきてはいませんでした。でも、社員はただ作業をしているのではないんです。こんなによい仕事をしてくれているのよとみんなに伝えたかったのです」
そこで、業界向けだったホームページを一般向けにわかりやすくリニューアルしたり、OEMのため公表出来ない情報などは社内に「ここで織物壁紙が使われました」と張り紙をしたりして広報した。
「自分たちが作っているものが誇れるものだと共有したかったのです。ホームページを見て直接インテリアデザイナーさんや設計事務所から問い合わせが入るようになると、やはりうれしいですよね」
そういう地道な広報活動が実を結び、トップダウンだった社内の雰囲気が、少しずつ変わっていった。
「常務である叔父が、もっと社員の意見を聞きながらやろうという動きをしてくれたことも功を奏して、徐々に小嶋織物で働けるのがうれしい、地元でこんなにいい会社が見つかったと言ってくれる人が働いてくれるようになってきました。すると職場の雰囲気が良い方向に変わっていきました」
社内だけでなく、社外からの見られ方も変化した。
「娘が帰ってきて何かやっているということで、自分の代で終わらせないで会社を継続させるらしいと信用が生まれたようです。私がもしかすると壊しちゃうかもわからないのに、温かいなって思いました」
家の中の和室が減り、織物の壁紙の使用率が低迷しているなか、第3の織物壁紙の使い方を新たに考えたいと思い続けている。
「入社してすぐの頃、たまたま友人と中川政七商店の本店に入って、驚きました。同じ産地文化の織物を生業とする老舗が、伝統工芸の技にすてきなデザインを掛け合わせた商品を広く世に出していることに感銘を受けました」
早速「一緒に壁紙を作りませんか」という提案メールを送ったが、すぐには商品化は叶わなかった。その3年後、取引銀行の紹介もあり、実際に中川政七会長に会うことができた。
「そのときは、私も社内のことがわかってきていたので、もう少しチャレンジできるのではと考え、社長も巻き込んで、軽くて丈夫な壁紙バッグを作っていただきました」
女性に好まれるデザインのバッグは中川政七商店のブランド力のおかげでいろいろな媒体で紹介され、話題になった。
「商売として単独で成立するにはまだまだです。でも織物壁紙を知ってもらうきっかけが生み出せればいいと思っています。自分の勉強になりましたし、ものを作って売ることができるんだという自信もつきました」
アトツギU34を知ったのは、大阪産業創造館のメルマガに書かれていた後継ぎが事業アイデアを持ち寄るアトツギソンというイベントへの参加がきっかけだった。
「当日ドタキャンしようかというくらい緊張しましたが、あのとき勇気を出して本当によかった。やりたいことがあるのに!というモヤモヤが同じ後継ぎ仲間と話をすることで晴れていきました」
家業の悩みを持つ先輩が自分の先をどんどん走っていく姿に勇気づけられた。
「人生が、そこで大きく変わりました。私が考えていることは間違いじゃない。父だって後継ぎ教育は初めてなんだから、自分は自分で道を切り開いてもいいんだって開眼しました」
最近、織物壁紙の施工まで一貫して行う「ぬののかべ」という新規事業アイデアをピッチイベントで発表した。
「織物の壁紙を貼ることができる職人は数少ないので、家を建てたい人が小嶋織物の壁紙を使いたくてもなかなか使えないのです。だったら、施工を含めて提供したらどうかと考えました」
今でも人前でプレゼンするのは得意ではないが、ピッチに出るために考えることで自分の頭が整理できるから良いという。
「しかもとても有名な経営者の方々やメンターさんや後継ぎ仲間が、他人の事業なのにめちゃめちゃ一生懸命一緒に考えてくれるんですよ」
逆に人の事業アイデアにアドバイスしたりしているときに、自分への気付きが生まれることもある。
「何より、自分自身のマインドが変わっていくのがわかるのが、参加していて本当に楽しいし、うれしいのです」
実は、この7月に恋愛結婚をして、週末婚を楽しんでいる。
「私が結婚できたのは、アトツギU34のおかげと言ってもいいくらいです。そして彼は小嶋姓を名乗ることに同意してくれました」
自分が家業を継ぎたい、継いでもいいと自信を持つことができたのは、このコミュニティのおかげだ。ちょっと考えを変えて、視野を広げてみたら、好きな相手とご縁で巡り合うことができた。
「アトツギU34でかっこいい後継ぎの方とたくさん知り合えました。そういう人を探すんじゃなくて、自分がめちゃかっこいい後継ぎになればいいんだって思えたら、ただただ好きになった人と結婚してもいいんだなって思えたんです」
後継ぎベンチャーのマインドをそこで、みんなからもらわなかったら、ずっと悩んでいたかもしれないと思う。
「彼は飲食店を経営している料理人ですし、これからまだどういう形になるかわかりません。でもどんな働き方もできるし、どんな継ぎ方もできると今なら言い切れます」
2020年には、経産省のアクセラレータプログラム「始動」に応募し、大企業やベンチャー企業の仲間と新規事業創出を学ぶ機会を勝ち取った。
「新たなマインドをもって、前進し続ける仲間との出会いは、刺激的で宝物でもあります。今までまったく経営や事業の勉強をしてこなかったので、こういう機会を積極的に利用して知識を詰め込んでいます」
日本の白い壁を、小嶋織物の壁紙でもっともっと飾りたい。そのための試みを少しずつ積み重ねていきながら、いつかは立派な4代目だと認められるようになりたいと思い続けている。
お客さまの声をお聞かせください。
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