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私たちの事業承継#6

"子どものころの夢は専業主婦"。夫からのSOSで社長へ転身!

 
三田電子ケイサン株式会社 代表取締役 原田 諭貴子さん プロフィール写真

三田電子ケイサン株式会社 代表取締役 原田 諭貴子さん

1964年埼玉県出身。大学卒業後、大手電気機器メーカーに就職。結婚を機に退職し、1990年に三田電子ケイサン株式会社に入社。1995年の父の逝去後、母と夫が会社を引継ぐが売上が落ち始め、両者の要請により2009年に同社を継ぐことを決意し突然事業を承継した。 女性に特化した人材派遣業を展開しており、派遣先でどうしたら長く働けるのかのアドバイスを含めた営業を行っている。

 
 

突然の事業承継にまつわるエピソードをお聞きする「私たちの事業承継」。第6回目にご登場いただくのは、人材派遣業を展開する三田電子ケイサン株式会社にて現在も同社の代表取締役を務める、原田 諭貴子さんです。

―お父さまが亡くなる前、家業にはどのように関わっていたのですか??

私がOLを辞めて父の経営する会社に入ったのは結婚して半年ほど経った時でした。
その頃から体調が思わしくはなかった父ですが、まだ仕事をすることができており、私が第一子を妊娠する2年半くらいの間は、父に付いて営業先を回ったり、新規営業の仕方を、今で言うOJTで学んだりしました。
幸い私は営業に向いていたようで、そのように父と一緒に営業することは苦ではなかったですね。
それとは別に、経営哲学と言えるようなことは、今思えば子供のころから折に触れ、教えてもらっていたように感じます。
その後、私の妊娠出産と時を同じくして、父の病状は悪化していき、入退院を繰り返すようになりました。
肝硬変からの肝臓がんでしたが、父には最後まで告知をしませんでした。たった20年前ですが、当時はまだまだがんは不治の病でしたので。
しかし、父は自分の体調から察することはあったのだと思います。
徐々に経営の仕事を創業以来ずっと一緒に仕事をしてきた母に引き継いでいたようです。
母は父から引き継いだことは忠実に、必死に守っていました。
その頃の私はと言えば、初めての育児に振り回され、会社には週に1~2日顔を出す程度でしたね。

原田 諭貴子さん 話しをしている写真①

―お父さまが逝去されてから事業を承継するまでの経緯を教えてください。

父が闘病空しく他界したのは私の息子が2歳になったばかりでした。
そこから夫が脱サラする1年半ほどの間、母は孤軍奮闘していましたね。
夫が会社に入ると言った時、母は内心とても安堵したでしょうが、夫には「一生を左右することだから慎重に考えるように」と、くぎを刺したのを覚えています。
その後、第二子である娘が生まれ、私は子育てにエネルギーを注いでいました。
会社は母と夫がどうにかしてくれるだろうと思っていました。
実を言うと、私の子供のころの夢は「専業主婦」でしたから(笑)。
しかし、だんだんと会社の業績が落ち始め、母と夫の表情がどんどんと暗くなっていきました。
特に夫は常にイライラとした態度をとるようになっていました。
今考えると夫は決められた仕事をきっちりと完璧にこなすことに喜びを見出し、ルーチンワークを何より大切にするタイプで、中小企業の命綱である「営業」は苦手なタイプだったのです。
売り上げが落ちていく原因が営業力不足によるものだということを私が指摘しても、日々の仕事に追われる夫は聞く耳を持ちませんでした。
そしてついに、夫から私にSOSが出され、そこからどっぷりと名実ともに経営に本腰を入れるようになりました。

原田 諭貴子さん 話しをしている写真②

―事業を承継してからいかがでしたか?

まずは、営業ツールである会社案内パンフレットやホームページを整えました。
経営コンサルタントの力も借り、売り上げ目標を立て、社員の営業管理も徹底させました。そして、私自身が率先して新規営業に奔走しました。
幸い、母が私を応援する立場をとってくれてこともあり、社員との関係は良好にいきました。
その社員たちは元々弊社の派遣スタッフだった人ばかりでしたので、派遣スタッフの立場や気持ち、派遣先への対応の仕方は特別教えなくてもとても上手くやってくれています。
本当にありがたいことだと思います。
そして現在、夫が管理部門全般を厳しい目でチェックしてくれているので、弊社のコンプライアンスは高いレベルで遵守されていますね。
夫もまた、弊社にはなくてはならない存在です。営業は大切ですが、管理ができなければ、やはり会社の存続はできませんので。
得手不得手、適材適所、ようやくバランスが取れてきたといったところでしょうか。

原田 諭貴子さん 話しをしている写真③

―もしお父様が生きていて何かをしてくれるとしたら、何をして欲しいですか?

今、父が存命で何かアドバイスをもらえるとしたら、新規事業を始めるヒントをもらいたいです!
父が創業した当時、弊社は情報処理の末端を担うデータ入力専門会社でした。
その業種市場が縮小し、人材市場が拡大するだろうと読んだ父は、派遣法が制定されて間もなく人材派遣業の許可を取ったのです。
このことを傍で見ていた私は、時代が変わるときには父のように自分にもその波が読めるのだろうと思っていました。
ところが、新規事業を展開するということはそんなに簡単なことではありません。今、そこに一番悩んでいます。
あ、その他にも父にしてもらいたいことがありました。
褒めてほしいですね。「よく頑張っているな」と(笑)。

 
原田 諭貴子さん 話しをしている写真④

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