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事業承継

「お客さまが感じた幸せの総量がブランド価値」
老舗和菓子屋船橋屋8代目 渡辺雅司氏

  • 後継者

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くず餅といえば、船橋屋。その名は全国津々浦々に知れ渡る。東京は亀戸、かの天神さまと共に歩んで214年。その和菓子の老舗中の老舗に入社希望の学生が殺到しているという。その数、ピーク時にはなんと約17,000人。全従業員を足しても200名の中小企業がなぜそんなに学生の目に魅力的に映るのか。その秘密を8代目当主渡辺雅司氏に聞いた。

就活生殺到の秘密

真っ先に聞いたのは人気の秘密。渡辺氏は最近の大学生が企業を評価する視点の変化を指摘する。賃金や労働環境、福利厚生などを重視する時代から、会社に入って自分がどうキャリアアップしていけるのか、といった観点から企業を選ぶ時代になってきたというのだ。

「今の学生さんは物質的なものをあまり見ない。自分が主体的に仕事を出来る環境があるかどうかが重要なのです。」

だからこそ、企業も「正直であり、嘘がない」ことが求められるという。学生たちにとって、自分のことをまっすぐに受け止めてもらえるかどうかが企業を選ぶ軸だということだ。

また、「自然体を好む」学生も多いという。船橋屋は江戸の町民文化が花開いた、文化文政期に創業した。くず餅はまさに自然に任せて生まれたお菓子。どんなに保存料や食品添加物が発達しても、船橋屋はあえて、作り方、保存の仕方は昔と変えない。450日かけて発酵させ、消費期限2日で売るような商売を続けている。それは無駄ではなく、日本人の一番大切にしている美徳である潔さが体現されている。

「もっと時価総額をあげたければ、くず餅を真空包装にするとか保存料を入れるとか、日持ちを何倍にも伸ばして全国展開すれば、売り上げは10倍、20倍になる。それをあえてやらない。やるのはかっこよくない、粋ではないと思っている江戸っ子気質というのが逆に受けているのかな。」

船橋屋の会社説明会はとてもユニークだ。渡辺社長は会社のPRは一切せず、「絶対内定を取れる3つのポイント」について話すという。

「聞きたい人?っていうと、わーと手が上がるんです。『この社長、俺たちのことを本当に考えてくれてるんだ』って。」

誰もがやりがいのある仕事をして幸せになりたい。しかし、多くの企業は会社が大きくなれば従業員も幸せになる、という発想しか持ち合わせない。幸せの在り方が大きく変わった今、船橋屋のような考え方の会社が学生たちに受け入れられているのもうなずける。

家業に入ってからの苦労

そんな渡辺氏だが、元は大手都市銀行に勤めていた。おりしも日本経済はバブル期。当時の氏は、「赤字を出す会社は悪」と思っていたという。

「経営者の責任は、金儲けをすることだと心底思ってました。会社の事業の目的は利益を上げて、内部留保を厚くすることだと固く信じてたんです。」

そして、渡辺氏はその考え方のまま家業に入った。ある日、東京の和菓子老舗の会で、とある店の大旦那さんにこう、言われた。

「いいかい、渡辺君、利益というのは山あり谷ありだ。老舗は大局をみなければいかん。君は一般企業同様、期間収益だけを見てる。それは間違いだ。」

「むかっと来ましたね。何古いこと言ってるのかなと。」

家族経営そのものの船橋屋に入った渡辺氏、古参社員との軋轢は想像以上だった。最初に渡辺氏がやった仕事が、社員のパンチパーマ禁止と社内でのくわえタバコ禁止、それに女性社員の茶髪禁止。

「それはもうみんな反発しました。『あのバカ息子』とね。で、10年戦争が1993年から2003年位まで続きました。社員だけじゃないんです。取引先もそう、銀行もそうです。取引先からは高いものを仕入れている、銀行からの借入金は高金利のまま、担保もいっぱい付いている、そんな状態でした。」

これを全部一つ一つ片付けていった。さぞかし大変だったろう。最初の10年で父親の腹心含め、6割以上辞めた。当然、父親とも衝突する。

「一晩中親子喧嘩です。『お前みたいなやつは人徳がないからみんなやめてくんだ』と言われましてね。でこっちは、『こんな甘ったるい会社ふざけるな』とか言って。」

どう組織を改革していくか。この難しい問題に頭を悩ましている時、ふと渡辺氏がひらめいたことがあった。それが「ISO」だ。

最初の改革

ISO」それは、International Organization for Standardization(国際標準化機構)の略で、国際的な取引をスムーズにするための共通の基準を作る機関だ。ISO規格は、世界中で同じ品質の製品やサービスを提供できる事を保証する国際基準だ。渡辺氏は、品質基準などなかった生の和菓子にそのISO規格を取ることを思いついた。なぜか。

「老舗のノウハウをマニュアル化する訳ですが、『何やってるんだお前は』と言われました。でも僕はそのISO規格によって組織をしっかりさせる事を狙いました。」

「ISOっていう、国際基準があってね、これ取ったらうちのくず餅の品質は国際レベルになるよ」と職人のプライドをくすぐるわけです。すると、彼らも「やります!」となりました。

疑心暗鬼だった昔気質の職人たちも逃げるわけにはいかず、鉛筆を握ってマニュアル作りに汗をかき始めた。旧態依然とした組織が少しずつ変わり出す。渡辺氏の作戦勝ちだった。

組織の活性化

組織とは難しい。渡辺氏が社長になって最初の10年=第1期は組織の土台作りに費やした。業績は良くなったが、今度は社員に元気がなくなってきた。そこで改めて「組織のあり方」について考え始めた。

「人はルールや仕組みでは動かないと、その時気付きました。だったら、面白い組織にしようと思ったのが2005年位です」

2005年から始まる第2期は、「自律的な組織」を作る10年間となる。まさに船橋屋の躍進の大きな要因となった。

「それまでは全部(社長が)介入して、コントロールする組織。やらされているからやっているという組織だった。そうじゃなくて、自分でやりたいと思うようにするにはどうしたらいいか、と考えたわけです」。

まず組織横断的に、品質プロジェクト、次に衛生プロジェクトを作った。次に、社内活性化プロジェクトを作り、若手がワイワイガヤガヤやりながら、社内報を作ったり、イベントをやったり、新卒採用のアイデアを出したりしているうちに、社内がどんどん明るくなっていった。

次に渡辺氏は「社長のあり方」について考えた。経営者なら誰でも思うことだが、これが難しい。過去を悔やみ、将来に不安を抱く。それが普通だろう。自分とは何者か。自問自答しつつ、瞑想、禅もやってみた。

「多くの経営者っていうのは、社員にご機嫌をとってほしいんですよ。自分を気持ちよくさせるために社員がいる、みたいな社長が多いんです。そうではなくて、社長はしょせん任されたポジションだと思えるかどうかが、ものすごい重要なんです。」

意識の集まりが組織

渡辺氏がいつも知り合いの経営者に聞く問いがある。それが「あなたは誰ですか?」というもの。素直に名前を答える人あり、職業を答える人あり、自分の性格を語りだす人あり・・・

「私ってただの”意識”なんだと思うんです。意識の集まりが組織じゃないですか。意識をどういう状態にするかによって、組織が伸びるか伸びないか決まってくるんですね。自分のことばかり考えて、不機嫌な意識でいるのか。それともみんなでワクワクして一体になろう、という考え方でいるのかによって、組織って変わってくるんです。

そして渡辺氏は「船橋屋の存在によって皆さんが幸せになる」という理念にたどり着いた。人の心の機微をわかる力とか、人に勇気や感動を与える力などが経営者に必要な能力だと、国際的にも言われ始めた時期だ。

「社長の仕事は会社のブランドを上げることです。その方法はたった2つしかありません。1つはその会社のカルチャーなど根源的価値を高めること。もう一つは社員が『自分でなきゃダメだ』という絶対的な価値を持つことです。」

船橋屋の商品を通してお客さまが感じた幸せの総量がすなわち船橋屋のブランドになる、と渡辺氏は言う。素敵な考え方ではないか。

これからの船橋屋

組織は出来た。そしていよいよ第3期に入った船橋屋はこれからどこに向かおうとしているのか?キーワードは「健康」だ。ヒントになったのはお客さまの声。「くず餅を食べると体の調子がいいね」「お肌がツルツルになるよね」そんな声が聞こえてきた。

そこで、くず餅の原料に入っている乳酸菌「くず餅乳酸菌®」(ラクトバチルス属パラカゼイ種)に目をつけた。この乳酸菌は腸内細菌叢(そう)のバランスを整える働きがあるという。ホテルとのコラボ商品の他、クリニック用のサプリメントを開発、販売好調だ。今後は台湾をターゲットにした美容用ジェルや化粧水の開発もやっている。

第3期、これからの10年は海外進出だ。当然、その戦略に見合った人材育成が必要になってくる。チャレンジは止まらない。

事業承継

最後に、承継についての考え方を聞いた。自分の息子よりのれんの方が大事だと言い切る。後継者はまだ決まらないが、承継についての準備は万端だ。

承継にあたり、生命保険は重要に違いない。親子間でいかにフランクに保険について話せるかが、大切だという。

その上で渡辺氏は、最適な保険のポートフォリオを考える時、設備投資計画などを抑えた上で、『どんなときにどの位現金が必要だからこういう風に保険を組みましょう』、と戦略的にアドバイスしてくれる人が必要だと話す。実際に保険会社の人だけでなく、2人の税理士に意見を聞いているという慎重さだ。

従業員の幸福を第一に考えると同時に、会社のブランド価値の最大化に余念が無い、と語る渡辺氏。涼しい顔をしながら、水面下で一番足をもがいているのは実は社長自身なのかもしれない。