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中小企業経営者にとって、避けて通れないのが、「事業承継」の問題です。しかし、エヌエヌ生命の調査では、「事業承継の準備は特にしていない」という回答が約4割に上る(※)など、多忙な経営者にとって、気になっているもののなかなか着手しにくい課題となっているようです。今何が問題になっているのか、気をつけるべき課題はどこなのか、どんな備えが必要なのか-そうした経営者の問題意識に応える形で、見識ある経済ジャーナリストが最新の事情も交えながら、「事業承継」についてシリーズで解説していきます。

※エヌエヌ生命「中小企業の経営者が考える経営状況予測・意識調査」(2016年実施)より

 

親族間の争いを未然に防ぐ 賢い事業承継

この記事は7.5分で読めます

 
土肥正弘(ライター)
 

 

自分が起こした会社や親から継いだ事業が発展し、さらに自分の後を子どもが継いで経営できたら、それは一家にとってこの上なく幸せなことに違いない。ところが親は子に継がせたい、子どもも継ぎたいと思っていても、金銭面での問題が邪魔をすることが少なくない。今回は親から子への事業承継について、起こりがちなトラブルと解決策を、前回と同様に事業承継問題に詳しい税理士の小川実氏に聞いた。

1 親族間での事業承継にまつわる問題

中小規模の株式会社の事業承継の場合、後継者(承継者)となる人が会社の全株式を2/3以上保有して経営権を掌握しておくことが大事であることは前回も述べた。しかし突然事業承継することになった時に、すぐに十分な株式を後継者が手に入れるのはなかなか難しい。

前経営者が急死した場合を考えてみると、たいていの場合は後継者は十分な株式を持っていないため、経営権を確保するためには大量の株式を一度に相続することになり、自社株の評価が高いと高額な相続税を支払わなければならない可能性がある。また、自社株、事業用資産などを後継者が相続すると、他の相続人との配分バランスが崩れ、不公平感から争いに発展する可能性もある。その場合、後継者が他の相続人に現金を渡し、バランスをとる(代償交付金)必要が生じるかもしれない。さらに、相続人が複数いる場合に資産を分割して相続した場合には、後継者の株式数が2/3に満たないこともありうる。その場合は他の株主から株を買い取ることになる。そのための資金も必要だ。これに加えて、株式以外の土地・建物をはじめとする資産の相続についても相続人間で争いが生じる可能性がある。

前経営者が存命のまま経営から引退する場合もほぼ同様で、前経営者は後継者に株式を譲渡または贈与することになる。この場合にも贈与税・譲渡税が現金で必要だ。譲渡の場合には後継者に譲渡代金分の資金がいる(ただしその金額は株式に代わるだけなので、税金分の流出を除けば財産が損なわれるわけではない)。

後継者に譲渡代金分の資金がなければ贈与することになるが、生前贈与の場合にも、いつかは前経営者の財産を相続できると考えている親族の存在を忘れてはならない。安易に後継者に自社株などの財産の多くを贈与してしまうと、前述のように、法定相続分との乖離による不公平が生じて親族から裁判を起こされるなど、時には泥沼の争いに発展してしまう危険がある。訴訟に発展すると長期にわたって争われることも多く、金融機関や取引先、従業員の不安を煽って事業に悪影響を及ぼすことがある。

このように、小川氏は「家族が事業を承継する場合のトラブルは、必ずしも金銭面での問題ではなく、気持ちの問題のほうが大きい場合が少なくありません」と話す。


写真)税理士法人HOP 小川実氏
©Japan In-depth編集部

 

【事業承継トラブル事例】

Aさんは小さいながらも飲食業の会社をおこして長年経営してきた。事業に協力してきた配偶者は既に他界したが、長男のBさんが経営を手伝い、Bさんのアイディアで事業が発展してきた部分も大きい。一方、Bさんの妹のCさんは、会社経営にタッチせず、別の仕事に就いていた。

あるとき、Aさんが病気で突然亡くなった。Bさんは家業である事業を自分が引き継いで経営したいと思っていたが、BさんがAさんの保有していた株式の半分を相続しても全株式の2/3に及ばない。妹のCさんは会社経営に興味をもっていないが、親の資産は当然半分相続できるものと思っており、そう主張している。

しかしBさんとしては、資産を増やしたのは自分の功績によるところが大きいし、Cさんが分割相続する分の株式も入手しないと経営権が掌握できない。また、住居兼オフィスとして使っていた自宅は、銀行融資のための担保になっていて、簡単に売却することができない。相続税を支払ったうえに事業承継後の経営の安定のために必要な運転資金を確保し、さらにCさんが主張する法定相続分に見合う金額を支払う余力はない。結局、BさんとCさんとの間で遺産相続をめぐる訴訟に発展し、数年をかけて争われることになった。

2 問題点と解決の方法

小川氏はこう語る。
「この家族の場合、会社の事業が家業であって、その資産のほとんどは株式で、土地や不動産は売却できない状況です。自分が大きくした会社だという思いをBさんは持っていますから、事業を承継できるだけの株式やその他の資産を引き継ぎたい。しかしCさんにはその経緯が見えていないので、2人兄妹なんだから遺産は半分もらえるはずと考えます。

これはどちらも正論です。どう解決するにしろ、ロジックでは割り切れない部分があります。前経営者が相続の仕方について遺言を残していれば、Cさんも納得されたかもしれませんが、それがなかった。遺言は、前経営者の意思を示すだけでなく、事業承継と子どもの利益を考えた遺産分割の方法を示すものでもあります。

本当は、前経営者が生前に、一家として先祖から受け継いできたものがこれだけあると、それは金額的にどう評価されようとも売ってはいけない、それ以外の資産を誰も損をしない形で仲良く分け合いなさいと具体的な数字を子どもたちに示すべきだったでしょう。

しかし突然の死亡などの場合には、不動産の金銭評価やそれが売却可能なのかどうかも含め、明らかにできていない場合が多いのです。上場企業でもないので株式の評価額もすぐにはわかりません。これは親族で経営する中小企業ではむしろ普通の状態で、経営者死亡の場合に限らず、突然の事業承継の際には総資産の全体像を明らかにするところから始めることになります。

このようなトラブルの場合に数年がかりの訴訟になることがあり、その間にビジネスが失速することも考えられます。しかし、やはりそこは家族、相手の立場がわかれば和解できる場合が多いのです」。

遺産分割の方法は3つある。「現物分割」「換価分割」「代償分割」である。上の事例では現実的に分けあえる資産は少なく、いったん資産を売却して現金に変えて分け合う「換価分割」も、不動産が融資の担保になっているため難しい。そこで、相続人の1人が法定相続分以上の遺産を相続してから、他の相続人に代償金を支払う代償分割を選択することとなる。事例では、相続した資産を活用することが難しいため、現金で渡すこととなる。

だが単純に半分を渡すには現金が足りない。そこで第三者に相談することになるが、現実には次の経営者となるBさんのような立場の人に過剰に肩入れするパターンも多いのだそうだ。時には、1対9で遺産を分割する協議書類を作って、いきなり承認を迫るケースもあるという。これでは反発を呼んで当然だ。

感情的な離反が親族内で起きると、事業承継はますます難しくなる。そこで公正に客観的な視点と専門的な知識をもつ税理士などから、資産の実態と事業承継・継続に必要な株式数や資金について十分な説明を行うと、不信感が解消できる場合が多いという。

それに加え、後継者が全部の株式などを相続した後に、現金を他の相続人に渡すことで、問題の解決となることが多いそうだ。渡す金額は、相続の遺留分にあたる金額が目安になる。

「仮に資産が5億円あったとして、BさんがCさんに渡す金額がたとえ1億円でも5000万円でも、Cさんが納得すればそれでいい。突然1対9の割合で分割しようというのではなく、Bさんから『ちょっと私の取り分が多くて申し訳ないから5000万円渡すね』という形で現金を渡すと、Cさんは相続した金額というより『Bさんからもらった』金額として受け取ってもらえます。それで丸くおさまることが多い」(小川氏)。

このようにして骨肉の争いを避けることができるというわけだが、Bさん側に相応の資金力が必要になる。

「その場合の資金は、あらかじめ加入しておいた生命保険の保険金で賄うのがよいでしょう。生命保険は加入の仕方によって効果が異なるため、保険の知識のある人に相談する必要がありますが、合理的に資金が準備できる手段です。どのように資金を確保するのかも含め、家族がもめずに仲良く、故人に感謝しながら、守るべきものを守り、事業と故人の思いを引き継いでいけるようでなければなりません。そのためには相続の専門知識が必要。そんな知識を持つ『相続診断士』などの専門家にアドバイスを求めるのも、円満な事業承継の役に立つはずです」(小川氏)。

(おわり)

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