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わずか20人で宇宙開発に挑み続ける男 - 植松電機 植松努社長

北海道に、わずか20人で宇宙開発事業をしている中小企業があります。植松努社長率いる株式会社植松電機です。植松電機は、リサイクル用マグネットを製造・販売している会社なのですが、宇宙航空関連の技術・研究開発をしていたり、モデルロケット作りを通じた教育活動などにも取り組んでいます。やさしい笑顔が印象的で、社員の皆さんからも慕われている植松社長ですが、現在に至るまでには、様々な困難に直面し乗り越えてきました。

2000年頃、リサイクル用マグネット開発で成功を収め、大きな会社と独占販売契約を結ぶことになり、従業員を増やし工場を拡張していきました。ところが、その取引先の社長交代がきっかけとなり、注文が一切なくなってしまい、すぐに経営が行き詰まってしまいました。設備投資の借金だけが残ってしまったため資金繰りは悪化し、奥さまの資産や最愛の娘さんの貯金まで会社の支払いに充ててしまったそうです。その頃の植松社長は、競争相手を蹴落としたり、なりふり構わず会社の立て直しに心を注いでいました。植松社長は当時のことを「人の心を失って働いた時期だった」とおっしゃっていました。ご家族との関係も溝ができ始めていました。

3年くらい、そんな時期が続いた後、植松社長のすさんだ心が救われたきっかけとなる出来事がありました。それは、友人に誘われて行った児童養護施設絵へのボランティア活動でした。その施設には親から虐待を受けた子どもたちがいました。大人を怖がり、最初は警戒して近寄ってすらくれません。しかし、一緒に餅つきをしたり、お雑煮を食べたりするうちに、次第に打ち解けてたくさん話しをして、最後には「帰らないで」と引き止められたそうです。この子どもたちは虐待されたにもかかわらず、親のことをまだ愛していました。実はその頃の植松社長は、自分がどんなに頑張っても理解をしてくれない家族を捨てようと考えていました。しかし、この体験が、家族への愛を思い出すきっかけとなりました。そして、自分は何のために相手を蹴落としてまで金を稼いでいるのだろうと、考えるきっかけにも。

経営に対する意識にも変化がありました。「人を助け人の役に立つことが仕事だと思っている」-これが今の植松社長の仕事へのこだわりです。これまでの競争相手に対して「やられたらやり返す」の繰り返しでしたが、喧嘩をすることのをやめ、お客さまのためだけを考えるようになりました。最初は売り上げがガクンと落ちましたが、口コミが広まり、徐々に業績は回復していきました。そんなとき、人工衛星を作りたいという北海道大学の先生から電話があり、実験のための場所を貸してほしいという依頼がありました。「どうせ無理」っていう言葉はなくした方がいい。これは植松社長が一番大切にしている想いです。こんな小さい会社に宇宙開発は無理だという意見もあったそうです。しかし、植松社長はこの先生と一緒に、力を合わせて宇宙開発プロジェクトをスタートすることにしました。そして、誰もが無理だと思うようなこの宇宙開発を自分がチャレンジすることによって、子どもたちにも夢を持ち続けてほしいという想いを伝えたいと考えています。「どうせ無理」っていう言葉を無くすことができたから、20人の会社でも宇宙開発の仕事ができた。そうおっしゃる植松社長は現在、マグネット開発、宇宙開発は社員に任せて、新たなチャレンジを模索する一方で、教育活動にも力を入れています。

私たちエヌエヌ生命は、中小企業サポーターとして、チャレンジを続ける中小企業と経営者のストーリーをこれからも発信していきます。

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