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事業承継

「一生、人を育てる」
有限会社秋山木工 社長 秋山 利輝 氏

  • 60代-
  • 製造業
  • 関東
  • 後継者
  • 人事

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ここは神奈川県横浜市都筑区。都心から高速に乗り車で30分ほど。高速を降りてしばらく走ると人気のない静かな通りに差し掛かる。あたりに大きな建物は見当たらない。有限会社秋山木工はひっそりとそこに佇んでいた。


今回秋山木工を訪れたのは、およそ50年もの間、”丁稚”というシステムを守り抜いているこの会社に興味を持ったからだ。もはや”丁稚”と言われても知らない人も多かろう。現代にまだ存在しているのか、若干の驚きをもって取材に向かった。まずは秋山利輝社長に話を聞くと同時に、実際に修行している若者たちの声も聞かねばならないだろう。

”丁稚”という名の修行

出迎えてくれた青年たちはみな坊主頭。現在在籍しているのは9人である。応募してくる人はたくさんいるが、厳しい審査になかなか耐えられない。秋山氏は、職人に求められるものは、「技術が4割、人間性が6割」だと言う。


「親孝行を目的とし、そこだけを目指して一心に努力すれば、技術は自然についてくる。気遣いができない、目上の人を敬えない、人の言うことを聞けない者は伸びない」と秋山氏は言い切る。

秋山氏に促され、3人の青年ははにかみながらも堂々と、自己紹介や職人心得、それに今年のテーマである「感謝」の気持ちを発表してくれた。これほどまでに自分自身のこと、職人として必要な心得、そして自分の身の回りの人や出来事に対する感謝の念を、言葉にして人に伝える経験は普通の環境ではまずないだろう。何故、その様な訓練をさせるのか?


秋山氏は「職人は話ができなければいけない」という。職人は無口でひたすら作業に没頭していればいいのでは?そう思うのが普通だろう。しかし、秋山氏はそうではない、と断言する。


「お客さまを素人扱いして、どうせ分からないだろうと高をくくるのではだめだ。お客さまの気持ちを理解した上で、商品に関してきちんと説明して、感動させることが出来なければいけない」


だからこそ人間性6割なのだ。


”丁稚”達は、家具製作の技術以外に、そろばんと習字も学ぶ。それも人間性を磨くことにつながると秋山氏は考えている。彼ら毎日の活動報告や反省を大きなスケッチブックに書いて、家族と交換する。電話は禁止なので、これが唯一の伝達手段だ。彼らのブックに目を通すと、親元を離れ、厳しい環境で修行する我が子に対する心配や応援のメッセージが目に入った。思わず胸が熱くなる。こんなに家族がお互いに心を通わすことが今の時代、あるだろうか?


「親孝行をしたいと願う子ほど、技術的にもよく成長する」


秋山氏の言葉に私たちもうなずいた。

独り立ち

彼らは、5年修行したら職人になり、8年で独り立ちし、外に出る。

「うちで8年修行したらよそで15年修行したくらいの腕前にはなる」

秋山氏はそう胸を張る。

しかし、それにしてもなぜこんなにも手塩にかけて育てた弟子たちを8年で手放してしまうのか、その疑問をぶつけてみた。

そのわけの一つは、元弟子が国内外の工房に散らばることで、ネットワークがどんどん広がるという、社にとっての利点だ。秋山木工を出ても秋山氏と仕事でつながっている元弟子は多く、中には出戻って工場長に就任したケースもある。

もう一つの大きな理由は、社長の座右の銘の「天命に生きる」と深くかかわっている。それは、「死ぬまでに、自分を超える職人を10人作る」こと。


「だって、自分の下で修行させているうちは、自分を超える職人が育つわけがないじゃないですか」


そう答える秋山氏に、では社長を超えた職人は何人でましたか?そう聞いてみた。


「まだ1人も出ていないよ。だって、私自身が今でも走り続けているからね(笑)」


自身のことを「止まれないやつ」と称する秋山氏。20年間、盆暮れ正月、休みなしで働いてきた。自分を超える弟子は、「俺が死んでからじゃないと出ないかもしれないね」と笑った。そして、


「弟子に背中を見せ続けることは親方としての義務だ」


そう付け加えた。


「お客様に喜んでもらえる職人を育てる」


その哲学を引き継がせるために。

事業の承継は

しかし、弟子を外に出してしまって、会社の後継はどうするのだろうか。社長は77歳。

「会社の承継に関しては、あと2,3年で片を付けなければ。80歳を過ぎて判断力が鈍ってからの代替わりは考えていないよ」

では一体どうするのか?秋山氏は「リレー方式」を考えている。どういうことか?話を聞くと、5年ごとに次の経営者にバトンタッチさせるものだ。

8年経って会社を去った社員も秋山木工の株主だ。彼らの中からまず一人選び、55歳から5年間経営をさせる。60歳になったら、次の人にまた5年やらせる、というシステムを描いている。何故5年なのか?そのわけは、やはり時代の変化が速くなっているからだと秋山氏は言う。そして氏はこう強調した。

「(承継者に)理念だけはきちんと引き継がせる。会社と関わっている人たちを絶対不幸にしてはいけない」

「技術は世間とともにどんどん変わるが、大事なのは職人としての心得だ。それさえ守れば、皆幸せに出来る。それをちゃんと分かっている人に継がせたい。」

秋山氏は自らに言い聞かせるように、そう語った。

次なるチャレンジは教育

次に秋山氏が取り組もうとしているのが「教育」だ。それも「不登校児やひきこもり者」が対象だという。「101カレッジ」と名付けた。農漁村滞在型の半年間の職業インターンで、今年4月開校を目指している。

場所は長崎県の田島という小さな無人島。授業料はなんと無料だ。資金は国の補助金を一切もらわず、社長の自腹と趣旨に賛同する企業などからの寄付金で賄うという。意気投合した変わった経歴を持つ友人らと立ち上げた。皆、残りの人生を懸けている。


不登校を経て通信制の高校を卒業した人々は、全国にたくさんいる。その中には優秀な人材がたくさん埋もれている。そんな生徒を無償で預かり、20種類もの様々な職業を体験させる。師匠は地元の漁師さんや、農家さん、木工職人たち。彼らに「体験弟子入り」することで、一人一人の天職を見極め、「生きるチカラ」を身に付けさせる。なんとも壮大なスケールではないか。

オンラインで授業を展開し全国どこからでも授業を受けられる精華学園高校と提携を結び、101カレッジに参加しながら同時進行で高校卒業資格を取得することも可能だという。


理事長と校長の兼任を依頼され大変だとぼやく秋山氏だが、どうして、やる気まんまんと見た。16歳から色々な会社を渡り歩き、何人もの師匠から薫陶を受けた自らの経験ゆえか。人を育てることには常に全身全霊で取り組む。


どんなに厳しくても、きらきらと目を輝かせ、一人前の職人になるのを夢見て修行に取り組む秋山木工の社員達。きっとこの西の離れ小島でも、同じ目を持った若者たちに出会うことができるに違いないと思った。




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