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経営のヒント

「プラスチックを超える」
sid株式会社 代表取締役 清水 勝明 氏

  • 60代-
  • 製造業
  • 関東
  • 新規ビジネス

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「鋳物の街」埼玉県川口市で注型成形の分野に革命を起こし続ける人物がいる。sid株式会社(旧・三愛)創業者・代表取締役清水勝明氏だ。

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真空注型技術における革命

sid株式会社は、プラスチックの真空注型技術を中核とし、新製品開発支援、プラスチック成形受託、真空注型機販売を行う製造会社。真空注型とはプラスチック成形法の一つで、低コストが特徴だ。テスト用の試作品や数量限定生産品など、少量生産に適している。

 

低コストを実現するのは「真空」技術だ。空気中で注型成形をする場合、材料を型に充填する際に圧力を加えるため、圧力に耐えうる金型を使用する。金型は大変高価なため、少量生産や頻繁な設計変更には不向きだ。一方、真空注型では圧力を加える必要がないため、金型の代わりにシリコンゴム型を使用することができる。これが、真空注型機が試作品・少量生産品に最適とされるゆえんだ。

 

真空注型自体は、従来より用いられていた既存の技術だ。そこに清水氏は「革命」を起こした。

 

清水氏は1986年、注型機の真空状態を「高真空」にまで高めることに成功したのだ。それまでにない高精度の真空注型機「サンクロン真空注型機」の誕生だ。

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写真)「サンクロン真空注型機」

日欧の大手自動車会社や大学研究室などにほぼ独占的に納入している。独自開発した樹脂材料や操作技術も同時にパッケージとして提供、顧客から圧倒的な支持を得ている。

 

従来の真空注型技術では真空度が低いために、ショート(充填不足)や気泡などの成形不良が頻繁に発生した。事後加工などの面倒な作業が必要となり、「使い物にならない」と言われていたという。清水氏の新技術は、高精度の成形を可能にし、従来技術の弱点を克服した。清水氏は、「これ(気泡やショートを一切含まない成形品)を作れるのは世界でうちの機械だけ」と胸を張る。

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写真)試作品

大きな部品や複雑な部品も、継ぎ目なく高精度に成形することが可能なため、強度の高い製品ができるという。

 

ところが当初、日本の大手製造会社からは見向きもされなかった。

 

ある日、シートベルトの部品の試作を仕上げて持っていった。

 

すると先方が発した言葉は

 

「買ってきたんだろう、何を言っているんだ!」

 

いくら「うちで作ったんだ」と言っても信用してもらえなかったという。

 

自慢の技術で成形した試作品は、どこから見ても販売品と変わらぬ完成度だったため、こんな珍事が起きたのだった。

 

転機は、同年の日経優秀製品賞受賞と、欧米企業との契約成立だった。日経優秀製品賞とは、年に一度優れた新製品を表彰する日本経済新聞社主催の賞だ。受賞すると大きな反響があった。が、初めに声をかけてきたのはドイツ企業。早速、代理店契約を結ぶとヨーロッパで飛ぶように売れた。大手欧州自動車メーカーは次々に採用を決定。やがて日本の自動車メーカーの耳にも入り、各社からも注文が入り始め、今や国内シェアはほぼ100%にのぼるという。

 

コロナ禍にあって、「サンクロン真空注型機」は、重症患者に使われる生命維持装置など医療機器の部品の製造を担うほど信頼を得ており、現在も好調に販売を続けている。

新事業展開

清水氏のチャレンジング・スピリットは止まらない。今度はBtoC事業への進出を決意する。それを担うのが、独自に開発した新素材だ。

 

きっかけは、ある日客から寄せられた1つのこんな注文だった。

 

「シンデレラの靴をつくってほしい」

 

得意の樹脂成形技術ですぐに透明な靴をつくった。ところが、だ。樹脂は紫外線によって変色・劣化する。シンデレラの靴も2か月程度で黄色く変色してしまった。

 

「こんなに色が変わったら何の価値もない」

 

客の発した一言が、清水氏の負けん気に火をつけた。理想の素材を求めて試行錯誤が始まった。

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「10年分の紫外線に当てて変色しないものを作った。今度は硬度や、引き裂きに対する強さなど、1個ずつ1個ずつ、組み合わせていった」

 

どんどん時間は過ぎていく。社内には清水氏の取り組みに対して首を傾げる人もあったという。「社員は『うちの会社、こんなものばかり作っていて、どうなんだ』と言っていた。聞こえないふりして、ともかくやるんだ、と突き進んだ」と笑う。

 

真空注型機による業績の安定が開発を支えた。夢の「退色しない軟質の樹脂素材」清水氏はついにその開発に成功した。

 

新素材は非退色性の他にも優れた特徴を持つ。食品安全検査に合格するほどの無害性。バイオマスからなり、処分の際、有害物質が発生せず、環境にやさしい。さらに、ガラスを超える透明度、軟質のため落としても割れない安全性。耐熱性、保温性もある。清水氏は、これらの性質を活かしてシャンデリアや食器を製品化し「Harehare(ハレハレ)」というブランドを立ち上げた。

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写真)「Harehare」グラス

清水氏自らデザインした「Harehare」のロゴがまぶしい。どこから見てもガラスのコップだ。約1か月後に発売を予定している。

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写真)金箔や織物、和紙が浮かぶ食器

「Harehare」の材料は約60℃で造形されるため、紙や布などあらゆる素材と組み合わせたデザインが可能。高温で加工されるガラスにはない特性の一つだ。 

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写真)「Harehare」シャンデリア

軽量のため天井の補強工事などは不要。汚れも付きにくいという。

 

大量生産に耐えうるよう、自動生産ラインを備えた工場も新設した。製造機械はもちろん自社製だ。清水氏は、「自分のところの商品を売るのが一番安定する」とBtoC事業の展開に希望を抱く。現在は、販売に向けた準備の真っ最中だ。

 

世界のマーケットをも見据えている。まずは、従来から真空注型機の製造拠点を置いていた中国に進出。成都深圳の2か所に「Harehare」のショールームを展開する。中国語の店名「海蕾」を掲げ、販売代理店を募っている。

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写真)深圳の街並み

提供)sid株式会社

「Harehare」事業拡大の見通しは、新型コロナウイルス感染症の影響や、米中の摩擦もあり、「まだわからない」という。今年6月にはシャンデリアの生産で提携していた在中国台湾企業が倒産した。トランプ米大統領が米企業に中国からの事業撤退を要求したことで、主力事業であった米企業からの受注が途絶えたためだ。

 

それでも清水氏は楽観的だ。海外市場について聞くと、「(アジア諸国は)どこでも。中東へ行けばいいんじゃないかとか、インドがいいんじゃないかとか考えている。そこまで単独ではできないので、(現在は)中国だけだが」と屈託ない。

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写真)成都「海蕾(Harehare)」ショールームのオープン。次期社長と。

店名は清水氏が「発音が『Harehare』と似ている」と現地の人に言われて選んだ。

「海の蕾って漢字もいいでしょう?」とご満悦だ。

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写真)深圳のショールームの店内

提供)sid株式会社

しかし、清水社長のアイディアは尽きることがないようだ。未だ製品化していない商品の構想も語ってくれた。一つ目は、「Harehare」ブランドの花瓶。ガラスでは到底不可能な造形を実現した、独創的な商品だ。応援購入サービスでの販売も検討しているという。

 

もう一つは、「高真空」技術を活用した「真空調理機」。なんと高真空内では、安い牛肉に和牛の牛脂をしみこませたり、果物に糖分をしみこませて糖度を上げたりすることができるという。家庭用大型冷蔵庫ほどの大きさの機械で、わずか20分ほどで調理できるという。今は話を進めていた販売代理店との関係が切れたので止まっているが商品化を諦めたわけではない。

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「金儲けには興味がない。やっていて面白いだけ」

心底、商品開発が好きと見える。

事業の承継について

「(「Harehare」販売事業を)軌道に乗せたらもう引退しようと思っている」

あっさりそう言うものだから、驚いた。

 

聞くと、すでに去年後継者を社内から抜擢し、社員にも公表したという。

何故、家族承継しないのか?

 

「社員が一生懸命やってきてここまで来たのだから、会社の中で一番できる人に会社をあげた方が社員も頑張れる。若い人の時代だから、後は彼らに任せたい」 

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